第2話
おもしろいな。
そう、黒い美丈夫は笑った。
猫のように瞳孔が縦長の金色の目がわたしの目を覗き込む。黒い美丈夫は興味深そうに考え出した。
「同じ色をした魂が、占める割合こそかなり差があるがふたつに分かれて共にあるだと?なぜ奪い合いにならない。小さい方はいくらでも引っくり返せるだけの力があるのに、なぜだ?そもそもなぜ分かれた?分かれるなど聞いたこともない。まるで切り離そうとしたようだな。しかし可愛いな。よし、嫁に来い!」
勢いよく頭の半分が石の床にめり込んだ。視線をそうっとあげると、黒い美丈夫の頭を踏み締めながら麗しい父がはらはらと泣いていた。
「ごめんね、ぼくのせいだ。ぼくが早く君たちを見つけなかったから…っ。生きようとした君たちが少しでも力の消費を抑えようと身体の成長を削り、竜体ではなくヒューマンの形をとったんだね。ヒューマンの身体は竜体よりもかなり小さいし、丈夫な鱗や牙や爪がないぶん力の消費を抑えることができる…それでも足りなくて、魂にまで」
父の女性が嫉妬するような美脚は黒い美丈夫の頭を踏みつけたまま、ぐりぐりと踏みにじっている。その間もはらはらとこぼれる涙は結晶化し、それを兄がせっせと拾い集めている。
私が気にしてはダメだと言った。わたしはそうなのかと聞いてみた。私が首を傾げた。消費を抑えるとか、魂を切り離すとか。だからわたしと私が分かれてしまったのか。私はわからないと首を振った。
「どうしたらいいんだろう、ぼくの愛しい子が。ねえ、どうしたらいいの?答えなよルルグ」
「だったらこの足どけろっ」
肘をつき踏み潰そうとする父に抗う黒い美丈夫を、もう一度床にめり込ませてから父は足をどけた。
「最後の一踏みはなんだ!一踏みは!」
「ぼくに命令しないで」
わぁ。女王様だ。
ぶちぶち文句を言いながら黒い美丈夫はわたしと兄に頭からかぶるワンピースを着せ、腰ひもを結んでくれた。
そう言えば何も着ていなかった。わたしは然程気にしてなかったが、私なら叫んでいたかもしれない。
「ありがとうございます」
お礼を言うと目を見張り、嬉しそうに笑った。男らしい凛々しさと華やかさが一緒になったような黒い美丈夫は大人な私から見ても、子供なわたしから見ても、いい男だ。
「さて、お前はどうしたい?」
「どうって、ひとつにできないのか?」
父の膝の上に捕獲された兄が首を傾げた。父がどうなんだと柳眉をひそめて黒い美丈夫を見た。
「ひとつにはできない。どちらも自我を持ってしまっているからな。ふたつの自我をひとつにするには、どっちかを消すしかないんだ」
私はわたしを見て、息をつきながら笑った。まるで孫を見るような目だ。
今を生きるのはあなたなんだから、あなたの好きになさいな。
「このままでいい」
「…いいのか、引っくり返される可能性だってあるんだぞ」
「私はそんなことしない」
黒い美丈夫にすかさず言い返した私はキッと金色の瞳を睨み付けるとわたしの後ろに退いた。
息を詰めた黒い美丈夫がまじまじとわたしの中の私を見ようとするが、私がそれをすぱんと遮断した。
「おもしろい」
ぞわりと、体が震えるような色香を匂わす笑みを浮かべ、黒い美丈夫は舌舐めずりをした。間違っても子供に、生まれたばかりの存在にする顔じゃない。
私に手を伸ばそうとした黒い美丈夫の手を、わたしの後ろから伸びた腕が掴んだ。
「い、だだだだダダッッ!?」
「何ぼくの娘に触ろうとしてるの?何ぼくの娘に欲情してるの?分かれてたってぼくの娘なんだよ。どっちもぼくの娘なの!ぼくのもの!わかる!?ぼくのなの!触るな!」
「なんだその主張!?我よりやばいじゃないか!触るくらいいいだろ!?そのうち我の嫁にっ」
「誰がするか!始末する。やっぱりあの時仕留めておくべきだったんだ、ぼくのバカ!ああ妻よぼくを叱っておくれ」
兄に回収され部屋の隅に移動すると、私は一言だけ、聞きたくないと呟いて完全に引き込もってしまった。いくら話しかけても答えてくれない。いったい何を聞きたくないのだろうか。
「親父たちもバカだよな」
「うん?」
わたしを後ろから抱きしめる兄を見上げる。仕留めにかかっている父と、必死に抵抗している黒い美丈夫を見ながら、
「妹はすべておれのにきまってるだろ?」
そう言った。そうであると微塵も疑わない自信のこもった目に、わたしはそっと前を向いた。
私よ、次はわたしにも知らせてから引き込もってくれ。
大人ふたりの本気のケンカは、黒い美丈夫の部下と思われる人たちの奮闘により治まった。
黒い美丈夫を追ってきて、部屋の前で待っていたようだ。
軍服らしい揃いの制服を着た20人ほどが、止めに入っては吹き飛ばされ、止めに入っては吹き飛ばされを繰り返し、なんとか父を足止めするとぐったりとした黒い美丈夫をかっさらい逃亡していったのだ。
その間わたしは黒い美丈夫が持ってきてくれた服を一着一着広げて眺めてから、戻ってきた私の指示のもと綺麗に畳んでいた。フリーサイズだろうワンピースが多く、中には背中部分がごそっと開いている物や、つなぎのように足を通して首の後ろで結ぶタイプの服もあった。次会えたら改めてお礼を言おうと思う。
兄は父が狩ってきて、抱き潰した水色の軟体生物を広げている。千切れた部分を並べて、元々の形を復元しようとしているらしい。
パタパタと服の、服と言うよりは長布を体には巻き付けたような物の汚れを払くと、父はわたしたちににっこりと笑った。
「さぁ、食べようか」
あれを?
わたしはわたしが入っていた卵の殻に逃げ込んだ。破って出てきた穴を下に動かし、閉じこもる。
「あ、ツァレク?トルフェロもどこにいくの!?」
兄は逃亡したようだ。