第82話
(き、気まずい。)
ガンランの被害にあっている地域まで移動している最中でネシルは忙しない態度になっている。あまりにも会話がない。最初は会話があったがすぐにネタがなくなり3人とも黙ってしまっている。魔物の襲撃も集の連れてきた朱雀がいるせいで寄り付きもしない。
「あ、あのもしよろしければお2人の順位を教えてもらってよろしいでしょうか?」
「「え、知らないの?」」
「す、すいません。最近Aランクになったばかりでそれに冒険者としての時間も短いんです。」
それなりの名を広めている自覚のあるゼオンと集が愕然とした表情になる。普通ならそれぐらいの情報はBランクにでもなれば耳に入るはずだ。
「そ、それが自分は人付き合いが苦手で基本的にソロでやっていたので交流する機会がなかなか・・。」
途端に2人の視線が不憫な子を見すような生暖かい目になる。
「そうか、苦労したんだな。それでよくAランクになれたな。」
「そ、それは、私も不思議なんです。」
「おおかた、斥候系のAランカーが居なかったからだろ。ガンランが居なくなって順位が繰り上がり100位が空く。まあ、簡単に言うとネシルはガンランの後釜だな。」
ガンランの後釜と言われて少しショックそうなネシルをゼオンが追い打ちをかける。
「まあ、素行不良でAランク剥奪された奴の後釜なんて外聞を気にする奴はなかなかいないぞ。そこはある意味周りと関わってこなかったことが功を奏したな。」
「そ、そうですか。・・・・は~。」
「まあ、改めて自己紹介といこうか。俺はゼオン。獅子族で武器はこの鎚を使う。基本的にバカの1つ覚えで突っ込むことしか能がない。そのせいで普段からソロでやっている。順位は37位で『壊鎚』と周りから呼ばれている。今回の依頼では特攻の前衛の役目になる。」
「自分はネシル。周りとあまりうまくいかないせいかソロで斥候をやっています。最近Aランクになった100位で『脳射』と呼ばれてます。今回の依頼では後衛兼斥候になりますね。」
「最後に俺だな。史上最年少でAランクになった『変幻百器』の橘川集だ。順位は10位。今回の依頼では中衛になるな。」
「じゅ、じゅ、じゅ、10位?!」
全員の自己紹介が終わるとネシルがものすごい動揺してしゃべり始める。
「十傑の1人じゃないですか?!」
「あ、それは知ってるんだな。」
「当たり前です!どうすればそんなことになるんですか?」
「金欠がやばくて依頼の乱獲をしたらギルドマスターから泣き付かれて空席だった10位になるかわりに依頼量を制限された。」
「結構有名だぞ。こいつの依頼乱獲事件は。」
「そんなにですか?」
「ああ、あまりにも依頼がなくて引退した冒険者が何人かいたぐらいだからな。」
「あの時は大変だったんだよ。」
普通では考えられない高級宿に意地でも泊り高級な食事ばかり用意させる亡命王女のおかげでほとんどの金が宿代でなくなった。集にとって悪夢でもある。
「ま、まあさすがは史上最年少ですね。」
「そういうネシルも集が居なかったら史上最年少だっただろうに残念だな。」
「いえ、正直Aランクになったという実感がまだありませんので。」
「そのための今回の依頼でもある。」
「どういうことですか?」
集が口を挟むとネシルが疑問を口にする。ゼオンも口には出していなくても何を言っているのか理解できていない様子だった。それを見て集は呆れたようにため息をつく。
「ゼオンも覚えてるだろ?Aランクになって最初の依頼で他のAランカーと組ませてAランカーとしての義務を教えられる。これが伝統ってなっているらしい。」
「へ~、そうなんですか。」
「おお!思い出した。俺の時は1位の『完全無欠』と一緒だったんだ。懐かしいな~。」
「逆にあの『完全無欠』と一緒の依頼を今の今まで忘れていたことが凄いよ。」
集の呆れて視線を受けてゼオンは誤魔化すように頭を掻いて顔を逸らす。ネシルはそんなことよりも気になることがあるのか集に視線を送って話の続きをせかす。
「その義務というのは?」
「それはな、・・・・ん?ちょうどいいところにその義務の1つが転がり転がり込んできたぞ。」
前の御者越しに前方を見抜くと素早くゼオンは鎚を取って馬車から飛び降りて前方へと走る抜けてしまう。まだ動いている馬車から飛び降りて走り出すその見のこなしはまさしく獣人だった。
「あれがAランカーの義務の1つ下位のランカー保護だ。」
ゼオンが走っていったところを見ると必死に狼たちから逃げているまだ駆け出しらしき冒険者たちがいた。
「っ!っ!っ!」
ゼオンを見つけたのか必死に手を振って助けを求めている。それに対してゼオンも手を振って呼び返して馬車を指差す。そこで馬車の存在に気が付いた冒険者たちは踏みとどまって振り返り武器を構える。
「止まりましたね。」
「まあ、この馬車が商人の馬車だと思って巻き込まないようにしたんだろう。」
「判断は間違っていませんし、将来いい冒険者になるかもしれませんね。」
(早死にしそうだけどね。)
集はそれだけは口には出さずに飲み込む。集とネシルは完全に観戦モードでのんびりとしている。
「でも、下位の冒険者を助けるのは普通のことでは?」
ちょうどゼオンが1振りで8割方の狼たちを吹き飛ばしたところでネシルが疑問を口にする。
「Aランカーは援護に入ったことを逆手に謝礼などをもらう事を禁じられているんだよ。」
「なるほど、それで下位のランカー保護なんですね。」
「察しが良くて助かるよ。」
ネシルが納得がいったように頷くのを見て集は胸を撫で下ろす。Aランカーとしての義務で一々疑問に思う奴が多い。そういう面ではネシルは簡単に納得してくれて助かっていた。ゼオンの時などひたすら質問攻めにして『完全無欠』を困らせていたらしい。ちなみに集は元から知っていると言って説明を全て省いてもらっている。
「これなら全部いっぺんに説明しても問題なさそうだな。」
ネシルが簡単に受け入れていることをいいことに集はAランカーとしての義務をいっぺんに伝える。
「おい、ネシルはどうした?」
「後ろで、頑張っている。」
その結果、荷台で必死にメモ帳に書き出して覚えようとしているネシルとそれを生暖かい目で見る集とゼオンの絵が完成した。