第76話
「よし、とりあえず今回の特別講義の課題をそれぞれに伝えるぞ。」
「今回でそれを達成できなかったらどうするの?」
薫が手を挙げて質問をすると集の表情に暗い笑みが浮かぶ。
「そんなにすぐ課題を達成できるとは思っていない。しかし、手を抜いていると判断したら即刻ペナルティだな。・・・・。それじゃあ、発表するぞ。まずは、葵。」
呼ばれるとすぐに表情を硬くして固唾を呑む。
「葵はスキルを利用できる前段階にも達していなからまずはそこからだな。何のスキルが利用できていないかわかっているか?」
「・・・魔法合成?」
「そうだ。まず、そのスキルは陣魔法でなければならないという制限があるのは理解しているか?」
「・・それぐらいは。」
「なら、前見たときは展開速度が遅すぎる。他にも多重同時発動ができるようにならないと実践では使い物にならない。とりあえず、展開速度の上昇と最低でも3つの魔法を同時に発動できるようになれ。」
「・・・・マジで?」
「マジだ。方法が思いつかないなら助言もする。」
「・・・わかった。」
「次にレンだが、もう少し手札を増やさないと話にならないな。基本的にお前は諜報などの隠密に優れているのは理解しているがそれでも少ないぞ。隠密だからこそ余計に手札は多い方がいい。自分より格上と闘うときにそれが役に立つ。あとで少しだけ助言をやるよ。」
「う、うん。」
「とりあえず、課題としては後4つは奥の手を作ること。それじゃあ、次に薫だな。」
「なぜか、凄く言われることを想像できるんだけど。」
「そうか。とりあえず、基礎は1人でどうにかなるだろう。今回の課題はスキル氣操作の習得だ。近接戦をするうえで必須のスキルだ。熟練の戦士は無意識にこれをやっている。これはシアナとラッセルも必要なものだが、今回はまた別の課題を出す。」
「「・・はい。」」
「これも自力でやるの?」
「いや、最初の感覚を掴むのが非常に難しいから最初は俺が手を貸す。その後は自力で頑張れ。」
「わかった。」
不承不承といった表情で薫は頭を捻って習得に必要なことを考え始める。それを尻目に残り2人に集は目を向ける。
「次はラッセルだな。まあ、お前の今回の課題は簡単だ。ひたすら防御の重要性について叩き込んでやるよ。」
「それって課題って言いますか?」
「似たようなものだ。まあ、しいて言うなら死なないことが課題かもな。」
「な、何をするんですか?」
「楽しみにしていろ。」
「・・・。」
(あの笑みが怖い!!)
ラッセルの内心で出た絶叫は誰にも聞かれることがなくそのままラッセルの話題は終わった。
「最後にシアナだが、まあお前はしっかりと師事する人を見つけることは自分で頑張ってくれ。学園の周辺には腐るほどあるから探せ。この特別講義では新しいスキルの武装を習得してもらう。」
「ぶ、武装。」
「次回からはキングスとキリアナにも課題を出すが初回だからお前たちも優しくやってやるよ。」
どうしても集の言った「優しく」が反対に聞こえて仕方がなかった生徒たちは視線を泳がせる。
「それじゃあ、全員構えろ。」
「「「「え?」」」」
他の4人が驚いているところでレンが1人冷静にため息をついて武器を構える。
「え、ちょっ!なんでレンちゃんだけ冷静なの?」
薫の叫びは誰にも拾われずにそのまま全員は武器を構えて体勢を整える。
「え?個別に指導するんじゃないの?」
「そんな時間があるわけないだろ。全員同時に決まってるだろ。」
そこで、話はそこまでといわんばかりに集が動き出して全員が動けなくなるまでそこまで時間はかからなかった。
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「で、どんなのだったの?」
次の日の朝礼で疲れた表情のラッセルや魂の抜けた感じの薫を見てキリアナが恐る恐る聞くと、薫が食い気味でキリアナに飛びつく。
「聞いてよ!ピーチクパーチク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・。」
薫のマシンガントークに圧倒されて逃げることの口をはさむこともできない。近くにいるラッセルも前の日の疲れのせいか止める気力も残っていないようで何もせずに机にもたれかかる。
薫の話を要約すると曰く、使う技を制限してきた。薫は氣を扱えるようになるまでひたすら素手で集の氣を戦いながら感じ取らないといけなくなり、葵はただでさえ時間のかかる陣魔法のみの使用となっていた。他にも攻撃の禁止やひたすら正拳突きのみと縛られたりもしていた。曰く、倒れた瞬間に氣を送り込んで回復させて休憩なしで戦いとおしたこと。気力的には尽きていても体の動く限りいくらでも追い詰めてくる。曰く、手を抜く、もしくは制限に反する行動をしたら容赦のない攻撃を喰らう。
他にも集の攻撃は葵に対しては甘いだの、自分に対しては厳しいだの偏見をひたすらキリアナに愚痴って最初の講義が始まるまで薫はキリアナを解放しなかった。解放されたキリアナは辟易とした状態でその講義を何とか終わらせて再び薫に捕まりそうになり必死な表情でその部屋から飛び出て消えてしまった。
「お願いがあるの。」
その日の昼食の時に訪ねてきたシアナに薫は食べていた団子を落としそうになる。
「どうしたんですか、シアナ先輩。」
「お願いがあるの。橘川教官って大泉さんと面識があるのよね?」
「は、はい。集とは幼馴染ですけど・・。」
「お願いがあるの!」
ガッ!
「イ゛!」
食い気味にシアナが身を乗り出して薫の肩を掴むと前日の筋肉痛か痛みで顔を歪ませる。一気に動いたシアナも痛いのか最初の勢いがなくなり少し大人しくなる。
「昨日、教官にしっかりと師事をしてもらうようにって言われたんだけど、覚えてる?」
「ええっと、最初の方で言われてましたね。もしかして、」
「そうよ。教官にお願いしようと思うの。そのために手助けをお願いしていいかしら?」
「手助けって言われても、個人的に面会する機会を設けるぐらいしかできませんよ?」
「それで十分よ。お願いね。」
それを言い切るとまた颯爽と消えてしまったため、後日面会のための段取りを行うことになった。
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「随分、ご機嫌な表情だな。」
「建御雷か。」
ゼウス、もとい集に話しかけてきた建御雷に手だけで挨拶をする。
「なんでもないさ。ただ、久しぶりに身内と戯れて楽しかっただけだよ。」
「相手からしたら地獄だっただろうな。」
「見てたのか?」
「ああ、柄にもなくはしゃいでいたな。それに、人に教えるのが下手くそだな。」
「おいおい、年齢18歳で神になって1年のやつに何を言ってるんだよ。」
「そうだな、地球ではゆとりだったか?」
「いや、それは関係ないぞ。」
「そうなのか?」
「普通に人生経験が足りないせいでうまく言えないから体に覚え込ませようとしてるんだよ。」
「まあ、人の教育方針にはあまり口を出すものじゃないからな。」
「そうだな。昔、誰かが口を出しすぎて女性陣にボコボコにされてたやつがいたみたいだな。」
「そ、そんなやつがいたな~。」
「た、から始まって、ち、で終わるやつだったと思うぞ。」
自分をからかってきた報復に過去の話で一番嫌な思い出を掘り返して建御雷が黙ったのを確認すると満足した表情で集は手元にあるお茶を飲む。
「それに、痛みを感じると否応なしに覚えて考えるようになるからな。」
「確かにな、それはすべての生物に共通して言えることだな。」
そういって建御雷も集と同じく椅子に座ると集の見ていた物を覗く。見えるのは地皇に追い掛け回されて死にそうに迎撃している青年の映像。普段なら、代わり映えのしない映像だっただろうが、普段と違う映像に2人はそれに見入る。
「あいつ、あの姿のままでいったのか。」
「さしずめ、姿を変えるのが面倒だったんだろう。」
地皇の姿とはモグラだった。最後に集が見たときと同じ姿のまま青年を追い掛け攻撃をする。青年からの攻撃をありえない速度で躱し、その小さな体で殴り蹴飛ばす。
「同調率がようやく100%に達したから、そろそろ実践に投入しても問題はないだろう。」
「建御雷はどれだけこいつを投入したいんだよ。」
「決まっているだろ。実戦でないとわからないことなどいくらでもあるからな。」
前々から、建御雷はプロメテウスと並んでさっさと戦いの空気を覚えさせることを主張していた。集はその時の論争に参加していないく、更にあまり興味がなかった。
(ま、そろそろあの世界に降ろして自分の仲間を揃えるとかしてもいいかもしれないな。)
そうした集の結論は実践はともかくパンドラの箱に降ろして自分の立ち位置を確保させても問題ない、というものになった。
「実戦はともかく下の世界に降ろすなら名乗る名前を新しく付けないとダメなんじゃないのか?」
「そうだったな。元の世界から連れてくるときに貴様に記憶を全て消されているからな。」
「ああ、それに今はパンドラの箱に周りから干渉できないようにしてあるけど、同調率が100%になったから逆に世界には負担になっているから早めの方がいいかもな。」
集がそういうと建御雷はうれしそうに軽く頷いてから立ち上がって体をほぐし始める。
「久しぶりに組手でもやるか?」
「これ以上、自分のスキルを成長させようとは思っていないから別にいらない。」
「つれないな。」
「そもそも、武神とやりあえっておかしいだろ。俺は天空神だぞ。」
「正確に言うと魔天空神だがな。」
「魔神の方は少しだけ特別なのはお前もわかってるだろ?」
「まあな、アイテールと相並ぶ力。創造と消滅。正直、2つも力が備わっていて羨ましいよ。」
「ちなみに、言っとくが天空神の方はお前らが無理やり覚醒させたことを忘れるんじゃないぞ。」
「なんだよ。うれしくないのか?」
「うれしいことはうれしいが正直持て余している。」
「そうか。余計なお世話だったのかもな。あの時のあれたちは久しぶりに同格が現れて浮かれていただけだ。」
集も最高神というものがどれだけ異端なものか理解しているためそれ以上は何も言わなくなった。
「そろそろ、俺は行くぞ。」
「帰るのか?」
「ああ、そろそろ戻らないと怒られそうなんでな。」
「所帯持ちは大変だな。」
「貴様もいつかそういう相手が見つかるといいな。」
「ああ、気長に探すよ。最高神になったおかげで時間はいくらでもあるからな。」
「じゃあな。」
そういって建御雷が消えると集も残りのお茶を飲みほして立ち上がる。
「神になったという事は身内に死に際に立ち会ってしまうということでもあるんだけどね。」
一瞬、未来を想像したのか遠い目をしてから集は頭を振って切り替える。
「さてと、俺も待っている人間はいるんだからさっさと戻るか。」
そういって集は未だに映し出されている青年の映像を見る。
「こいつが世界にもたらすのは破壊か、それとも繁栄か。せいぜい、俺の身内に被害が及ばない程度にしてほしいね。」
それだけ、独り言でしゃべるとそこから集の姿は消えていた。