第73話
「で、3人に聞きたいんだけど俺の講師としての態度あんなのでいいと思う?」
「ぶっ!!」
集の自信なさげな集の表情と共にいきなり切り出されたその言葉に薫は行儀悪くお茶を吹き出してしまう。そのまま薫は笑いを堪えて椅子にしがみ付く。しかしその顔からはどうしても隠している手の合間から笑みが見えてしまう。
次の瞬間、衝撃が薫のでこを襲って後ろにのけぞる。
「いたっ!」
そのまま椅子ごと倒れて痛そうに転がりまわる。それでも衝撃は薫を襲い続ける。
「痛いって!」
転がった状態から衝撃から逃れるように薫が立ち上がると目の前に集の顔があった。
「一応、気にしてるんだから笑われるとイラっとするよ。」
「ご、ごめん。」
集の真面目な表情を見て少し顔を逸らす薫。それを後ろでレンと葵がコソコソと何かをしゃべっている。
「とりあえず、あれで問題ないと思う?」
「うん、別に他の教官たちと大差はないと思うよ。ね?」
薫の同意に葵とレンが頷く。そこで集は気になったことを聞いた。
「なんで、教官なの?」
「・・昔からの名残だって。」
答えたのは葵。気になって周りに聞いたんだろう。
(薫ならその場のノリで普通に馴染んでいそうだから気にならなさそうだな。レンはそれ以前に周りについていくので精いっぱいだろうからな。)
「そうか、なんか教官って呼ばれると凄い違和感を感じるな。」
「そうなの?」
次にレンが答える。集は順番に答えるルールでもあるのかとくだらないことを考えるが、そこである疑問を感じた。
「他の講師は何て呼んでるの?」
「基本的に教諭って呼んでるかな。」
「また、違和感のある呼び方してるね。」
「・・昔はもっといろいろあったみたいだけど、最近はそれだけみたい。」
やっぱり順番に答えていくのかと1人頷いて頭を切り替える。
「まあ、このままでも別にいいけどね。」
「かっこいい。」
「ごめん、それだけだと何がかっこいいのかわからないよ。レン。」
「たぶん、授業中の集がかっこいいって言いたいんだと思う。」
「そ、そうか?」
照れるというよりも恥ずかしそうな表情になって今度は集がさっと目を逸らした。それに気を良くした風の3人はなぜか攻めることを目配せして団結した。
「・・・キリってしてた。」
「うん。」
「それに、なかなか様になってたと思うよ?」
「・・集兄のああいうのも新鮮でいい。」
「グッ!」
「な、なんで息ピッタリにいろいろ出てくる?そして、レンは何故にサムズアップ?」
頬を引き攣らせて集が話を違う方向にしようとすると、3人は簡単に見過ごした。
「集って自分のああいうのはどう思ってるの?」
「ああいうのって?」
「・・・教師としての自分。」
「ああ。・・・・あまり合ってないと思うよ。」
「なんで?」
レンだけじゃなく、薫も葵も不思議そうな顔で集を見ると集は肩を竦める。
「まず、まだ人に物事を教える経験が足りない。普通ならもっと少人数を教えることから始めるべきだよ。それに、俺は今の10位名声だけで充分なんだ。王家のコネとか、有望な学生との面識とは正直必要ない。しかも、今回は俺の同年代もしくは年上が生徒になるんだ。威圧的にならないといけないから疲れるんだよ。」
「知識を持ってるし、実力を兼ね備えているし、別に威圧的にならなくてもみんないう事聞くんじゃない?」
薫のこの質問を集は一蹴する。
「理解していても納得できるわけじゃない。知っているからと言って理解ができているとは限らない。何より、ここにいる生徒は戦いに関して鈍感すぎる。」
「・・・どういうこと?」
「見ただけで相手の力量を図る観察力、教科書通りの戦法に型。そして、生きるという執念が低すぎる。」
「うん。」
「ん?レンちゃん、どういうこと?」
3人の中で唯一、わかったような雰囲気を出しているレンに薫は気付いた。
「殺し合いを知らなさすぎる。」
「レンの言い方はあれだけど、実際そうだよ。たぶん、葵と薫はレンと勝負した時に補正がある自分が勝つと思ってるだろ?でも、もし本当にレンたちが戦うことになったらレンが勝つよ。」
「・・・・。」
自分と同年代の子に負けると言われて葵は少しこめかみに皺を寄せる。
「ああ、勘違いしないでほしいのは3人とも全くと言っていいぐらい実力は均衡してるよ。ただ、土壇場とか、追い込また時、隙ができた時に一番力を発揮するのがレンなだけだよ。」
「それって、私たちが甘いってこと?私たちもそれなりに戦うことができるのに?」
「まー、別に甘いってわけじゃないと思うよ。現に薫と葵ももう人を殺すことに躊躇はあっても拒絶はしないだろ?」
「・・・たぶん。」
「そういう事だよ。レンは元々奴隷だったからかもしれないけど、人の命をそこまで重く感じないんだよ。そこが大きな違いだよ。」
奴隷という言葉に薫と葵の顔が陰る。そして、それを見逃す集ではない。
「やっぱり、奴隷には慣れない?」
「ん?」
レンはどうして?みたいな表情で集の顔を見る。集は異世界から来たからとは説明できずに肩だけを竦める。
「そもそもが、勇者気質な兄さんと違って俺はあんまり気にしないけどね。」
「どうして、そんなこと言えるの?」
「これは、昔から変わらないことだけど俺は身内以外はどうでもいい人間だからね。」
「・・・そうだったね。」
「私は?」
「基本的に兄さんがお願いしてこなかったら助けなかったと思うよ。」
まさかの集の告白にショックを受けて起伏の少ない表情が驚愕で染まる。
「別に、今はもう身内だから大丈夫だよ?」
「あんまり、フォローになってないと思うよ。」
「そうか?」
薫から見たら小さな子供が、サンタクロースがいないと現実を突き付けられた時の夢を壊されたような表情に見えて苦笑する。
「そろそろ自由講習が始まるから訓練場の方に行こうか。」
レンのその状態をこれ以上見ることができなかった集はさっさと部屋を出るように提案する。
「・・・逃げたね。」
葵の言葉は聞こえないようにさっさとお茶の入ったカップを片付けるために洗面所に器を運ぶ。
「それじゃあ、行こうか。」
そしてそのまま何食わぬ顔で出ていく集に3人は急いで追いかけた。