第71話
夜中、ディンペンド国の城の片隅で月が出てない日には見えない位置で剣を振るう男がいた。しかし剣を振るってもそれが空気を切る音がしなかった。すでにその男もつ剣の腕は空気を切って鋭い音を出す領域から脱してまさしく音を切る腕前になっていた。
「ふう。」
男は手に持っていた剣を腰に戻して腰をその場で降ろして休憩に入る。その剣、無銘だが誰もが見ても最高の逸品だとわかるほど鞘にしまわれていても存在感を出していた。
「ここまで来たら集にも届くだろう。」
先ほどの素振りで自分の力を確認した俊は鞘にしまった剣の触り心地を確かめながら汗を拭いていく。集と正面から剣を振るった時の感覚を俊は未だに忘れないでいた。
(手を抜いた状態であれだけ捌かれるのは厳しいな。)
集が造った剣を受け取ること数回で、遂にスキル剣王を発動する前の全力に耐えられるもの手に入れた。今まで、全力で戦うときはスキル創造魔法で常に剣を生成し続けることで耐えてきた。そして創造魔法に裂く思考を全て戦闘に還元することができた。
(あとは、近接しながらの魔法の併用とさらに剣王を使っても耐えられるように魔法で強化とかすればいいか。)
自身では魔眼も同時に使いたいところだがそれはあまりにも欲張りすぎだと理解している。俊も集には負けるが地球にいたころから天才と呼ばれても不思議ではない人間だった。それは単純にスキル天才のように学習能力が上がるものではなく本当の意味での天賦の才を持っていた。それがこの世界に来ることで一気に覚醒させられたのだ。身体能力だけじゃなく、スキルにも振り回されている状態だった。集は、俊を上回る才能と1年のサバイバル生活で極め更に最高神にも至った。
「弟に負ける兄って・・。」
兄としてもプライドを大層に抱えて持っているわけではないと俊は自分で思っている。それでも弟には負けるわけにはいかないとも思っている。
「こんな時間に素振りとは熱心だな。」
光がないせいで俊にはその言葉を発した人間が見えなかったが魔眼でその姿を探す。
「隊長でしたか。どうしました?お家はよろしいので?」
家から通っているアリアナがこんな時間帯にいることに素直に驚いた表情で俊は迎える。
「う、少し実家で親とケンカをしてな。気まずくなって家を出たのはいいが行く当てがなくて、そのまま城まで来ただけだ。」
そう、アリアナは実家に親と一緒に暮らしている。男爵家庭で近衛隊長まで出生したアリアナに少しでもいい縁談をするように顔を合わせるたびに言われていた。
問題は俊の返答だった。
「なら、俺の部屋に来ますか?」
ここに他の人間が居たら全員が唖然とした表情になるだろう。しかし、その場にいるのはあくまで俊とアリアナだった。
「そうだな。すまないが邪魔するぞ。この時間はさすがに少し寒い。」
普通に返事をもらって俊はアリアナを自分の部屋まで誘導していく。普通に考えたら女(上司)が男(部下)の部屋に真夜中に訪れているという光景だが、近衛隊長が宿舎にいるのに見慣れている騎士たちと一緒にいるのが副隊長という事でほとんどの騎士たちが誤解することがなかった。1部の女騎士たちが色めき立っていただけだった。
「汚い部屋ですけど。」
そういって俊がアリアナを部屋に招き入れる。その瞬間アリアナの表情が歪む。
「本当に汚いな。よくこんな部屋に女を連れ込もうとしたものだ。」
ジト目のアリアナに睨まれると即座に目を逸らす俊。俊は、と言っても集もだが。2人は生活スキルが皆無の人間である。地球にいたころからダメダメな人間だった。料理はもちろん、掃除洗濯もほとんどできない人間だった。無理にやろうとすれば必ず何かが壊れていた。
「仕方ない私が少し片付けてやろう。」
そういってすぐに鎧を脱ぎ始めるアリアナに驚いた表情で俊は見る。
「なんだ、その顔は。失礼だぞ。」
「すいません。ありがとうございます。」
すぐに非を認めて頭を下げる俊を確認すると頷いてから片付けに入る。次々と必要なものからゴミまで分別していく。俊は片付けていくアリアナを見てお茶の準備をしに1度部屋から離れて行った。
「隊長、お茶を入れてきたんで1度休憩なんてどうですk・・。」
「ん?どうした?」
俊に目に映っているのは燃え盛る炎。しかもその火のもとはアリアナの足元にある本の塊だった。
「ちょッ!なに室内で燃やしているんですか!?」
すぐに水球を魔法で作り出してその炎を消す。
「何ってゴミを燃やしているんだが?」
「だからって、室内で燃やす必要ないじゃないですか!?」
そう言って悲痛の叫びを室内に響かせながら俊はアリアナの言うゴミを外に運ぼうとしてそれがなんなのかに気が付いた。
それは、官能小説だった。しかも最初にヒロインのイメージもしっかり描かれている。近衛隊の部下からなぜか渡されたものだが、俊は結構重宝しているものだった。
「どうした?捨てに行くんじゃないのか?」
心なしか後ろにいるアリアナの気配が冷たいものになって声も普段より底冷えするものに聞こえる。
例え、火から無事だったとしても俊の出した水球で文字が滲んでしまい読めるものではなくなってしまっていた。
「はい。」
「よろしい。」
次の瞬間には雰囲気が少しもどったが俊は目を合わせないようにしながらその後を過ごしていった。
・
・
それからしばらくアリアナの前では男騎士が緊張に強張らせた表情になって女騎士たちからは絶賛を受けた。
・
・
ピッタリだったネタが無くなった俊は、禁欲生活に苦しみ焼失事件(アリアナが燃やした事件)から半年後にそういう店に行こうとしたらアリアナと道中に遭遇し俊は再び背筋が凍る思いをしたという事もあった。