第70話
どうにか、前回のショックから立ち直って次の授業へと向かう。まだ少しショックが後を引いていたのと最初の授業が思いのほかうまくいったことによって気が抜けていた集に予想していた面倒な状況になった。
「自分より年下にしかも平民に教わることなんてないんだよ。」
「「「そうだ。帰れ!」」」
貴族の風体―実際に公爵の息子なのだが―をした生徒を先頭にして男子生徒たちが声をそろえて反発してくる。集はそれをすごくめんどくさそうな感じで無視しながら生徒たちを見渡す。
(キングス=ウェザード。貴族として平民を守るものだと使命感を感じている。そのため、平民、特に同年代を下に見る傾向が有り・・か。後ろのやつらは公爵っていう肩書にまとわりつく取り巻き達だね。後ろの連中はともかくキングスの台詞を聞くと普通に傲慢な貴族の息子っていう印象しか受けないな~。)
次にさっきから黙っている女子生徒の方に視線を向けるとコソコソしゃべりながら集を窺う姿勢を見せている。これを見て集は男子を黙らせればいいと判断してとりあえず生徒たちのプライドを砕くことにした。
「そうだな。なら、その身をもって確かめればいい。来いよ、軽く捻ってやるから。」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに男子たちが一気にそれぞれの武器を抜く。次の瞬間には飛び出そうとする生徒たちを抑えてキングスは集に視線を向ける。
「僕たちの勝利条件、敗北条件は?」
「俺に1撃でも入れられたらお前たちの勝ち。敗北はこの授業が終わるまでに1撃を入れられなかったらだ。」
「何度でも再挑戦してもいいと?」
「当然だろ?それと、もしお前たちが勝ったらこの授業は自習の授業として好きにしていいぞ。ま、勝てたらな。」
「もし、負けたら?」
「どんな授業を俺がしても文句1つ言わずに従え。」
「それでは、勝負を仕掛けなかった人間が不公平では?」
「そいつは、何もせずに自由な時間を手に入れようとしているくせにリスクも背負うことができない屑なのか?」
挑発のつもりで言った言葉に一番反応したのは武器を構えていなかった女子生徒たちだった。手に武器を持ってすぐに陣形を整える。それに触発されるように男子たちもバラバラに並んでいたのが綺麗に整っていく。
(冷静に内容の確認、抜け道の確認。悪くない思考だね。しっかり時間稼ぎもできていた。そして女子を取りまとめたのは、シアナ。平民出でありながら人徳、実力、知識を兼ね備えた才色兼備。特に選んだ陣形が悪くない。)
目の前の陣形は魚鱗の陣。1つ下の学年と違ってしっかりと班決めされた者同士で集まってしっかりとした連携が取れる体制を整えている。班が次々と攻撃を仕掛ける攻めの陣形で、厚みのある攻撃力と卓越した防御力がある。多くの兵が散らずに局部の戦闘に参加し、また一陣が壊滅しても次陣がすぐに繰り出せるため、消耗戦に強い。
「好きにかかってこい。こっちからは攻めることはしない。好きにするといい。」
そう、まるで集が動かずに相手するのを見越したかのような陣形だった。この場合、集の取るべき行動は可能な限り動き回って正面から戦うことをしないように気を付けることだ。しかし、集は敢えて自分の不利な状況で圧倒的までに相手を倒すことを選んだ。
「教官、最後に確認します。」
「いいぞ。」
人の厚みの向こうからキングスの声が聞こえてくる。完全にキングスがこのクラスのリーダーになっていて集との交渉を取り仕切っていた。
「別に全員で掛かっても問題ありませんよね?」
それは集の負けた時の言い訳をなくすための確認でもあった。それに集は。
「自惚れるな。」
既に自分たちが勝つことを想定していることに内心苦笑しながら表では憮然とした構えを崩さなかった。
「掛かれ!!」
人の壁の向こう側からキングスが号令を出すと迅速に動き出した生徒たちを前に小さく微笑む。一番最初に集にたどり着いた生徒はその武器を振りぬこうとする直前に顔を襲う衝撃で吹き飛ばされる。間髪入れずに攻撃を入れようとした同じ班の生徒たちは驚いても遅れることなく集に襲い掛かった。しかし、どれもが集に辿り着いても一撃を入れることはできなかった。
最初に近づいてきた男を普通に殴り飛ばしてからも次々班を組んでそれぞれの連携で攻めようとする。最初の生徒の陰に隠れるように時間差で攻撃をしようとした生徒は伸ばした手をそのまま裏拳風に振りぬいて吹き飛ばす。その後に続く生徒は逆の手で振るおうとする武器を掴んでそのまま投げ飛ばす。
その後はそれの繰り返しだった。
殴る、殴る、投げる、殴る、そして投げる。
決して、その場から動かずにひたすら手だけを動かし続ける。最初の方に放たれていた魔法は集が簡単に弾き、生徒を誘導して盾にしていたら飛んでくることはなくなった。そのかわり近接してくる生徒の量は一向に減らない。
(後ろの方で回復させてるのか。正直、再起不能にするわけにもいかないし近くに倒れられると邪魔になるから吹き飛ばすのに手加減が難しいのがまだまだ続くのか。)
手を動かし続けながら集にため息をつく。別に肉体的にも精神的にも疲れているわけではなかった。ただ、単純にめんどくさくなってきただけだ。それでも、集が一撃で生徒全員を吹き飛ばさないのは力の誇示のためだ。幸いにも生徒たちの目には最初ほど勝ち気が宿っていなかった。回復してはすぐに戦線に復帰する流れに完全に流されている生徒がすでにほとんどだ。
「そろそろ、終いにするか。」
集が終わらせようと力を入れた瞬間に集を挟むように2人が飛び出してくる。このクラスでトップの実力を持つキングスが片手に剣をシアナが素手で突っ込んでいく。キングスはスキルのみで、シアナはスキルを併用した体術で迫る。
「呼吸が合っているけど、もう少し早めに出ないと他の奴らの士気をあげる効果は望めないよ。」
一振りの拳が集の言葉と共にキングスを襲った。キングスが最後に覚えているのは目の前に拳が迫っている瞬間だった。自分が持つスキル初太刀必中がうまくいかなかったことだけを悟って気を失った。
キングスが吹き飛ぶと同時にシアナの体も吹き飛ばされた。見ていた生徒はキングスが吹き飛んだ理由がわかってもシアナがなぜ吹き飛んだのかわからずに完全に戦意をなくす。
それを確認した集は自分の服に着いた埃を払う動作をしてしゃべる。
「今日は、ここまで!各自、傷を治して次の授業に遅れないように!」
手を叩いて催促すると回復魔法を施していた生徒は再び忙しそうに動き始めて魔法をかけていく。
それを確認して集は再び個室へと戻る。後ろの方で何かを叫んでいるけど、集にとっては薫に手を払われたことの方が重要ですぐに自分の思考の溝に落ちていく。
後日の授業では全員姿勢よく待ち構えていて少しだけ集は引いてしまった。