第69話
1時限の時間は2時間、それが5コマあって途中に休憩をはさむのが学園での日程だ。学生の中では異世界でも変わらず最初のコマに訓練が入るとその後の講義で寝る生徒は多い。集は目の前の惨状を見てこの後の講師から文句が言われないか一瞬考えたがそこまで講師同士の交流があるわけではないから気にしないことにした。
「だらしないな。最初の威勢はどうした?」
ラッセルの体力が切れるまでひたすら防御した集は次々と来る生徒を千切っては投げていた。半数の生徒が立ち上がれなくなったところで挑んでくる生徒はいなくなった。心なしか見ていた生徒たちは集が視線を向けると姿勢を直していた。
(これはなかなかいい感じにうまくいきそうだな。)
「これでわかっただろ?お前たちとの間には圧倒的な差が俺とはあるんだ。今日はもう動けないやつが多すぎるから講義は終了だ。各自解散。」
まだ、講義は半分近く残っていたけど集が終わりの合図をすると立っていた生徒たちも安堵の息を吐く。倒れた生徒に軽く氣を送って動けるようにしてから集は自分の個室(自室)に帰っていく。生徒たちは集が見えなくなってから雑談を始めた。
「あの教官やばくね?」
「あれって本当に私たちと同年代なの?」
「てか、Aランクってあんなのかよ?」
生徒たちは集の実力に色めき立って次々と先ほどの戦いの感想が飛び交う。その中でも一番盛り上がったのがラッセルとの戦いだった。立っているだけで剣戟を弾いた。近くにいなかった生徒たちにはそう見えても仕方がなかった。
「教官曰く砂鉄らしいよ。」
その声に一斉に生徒たちがそっちを見ると最初に動かなくなったラッセルが立ち上がりながら会話に参加していった。
すぐにふらつきそうになるラッセルを周りの生徒が支えて生徒たちで円を作って座った。未だに疲れた表情のラッセルが口を開くのを周りの生徒も待つ姿勢になっている。そして、ラッセルが話始めたのは5分ぐらいしてからだった。
「教官の周りに黒い砂のような影みたいなものが動いているのを攻撃しているときに見つけた。」
「それが砂鉄?」
「教官はそういってた。」
生徒たちの共通の疑問は砂鉄とは何か、であった。まだ砂鉄というものが見つかっていない世界でいきなり言われても仕方ないことでもあった。
「薫、どこに行くの?」
ビクッ!と薫の体がはねるとそちらを向くと気が付いている生徒全員の視線をその身に受けて顔を引き攣りそうになる。
生徒全員が座っているもしくは倒れている状況で1人立ち上がって移動しようとしていたら、気配をどんなに薄くしていても目立つ。
「えっと、ちょっと教官の部屋まで・・ね?」
その言葉の意味を理解できたのは薫と1番仲のいいキリアナだけだった。その他の生徒は次々と想像を膨らませて集と薫の関係を思い浮かべる。
「い、いや。私たち、幼馴染だからちょっと挨拶しようと思って。そ、それじゃあ、また後でね!」
数人の生徒の目が怪しく光ったように見えた薫は急いで弁解をする。他に追及されたくない薫はそのまま走り出して訓練場から出て集の個室に向かう。遠くで呼び止める声が聞こえて来ても薫は振り返らずに辿り着いた。この行動が薫と集の関係を噂させる原因になるなど焦っていた薫は気付かなかった。
コンコン
「集、入るね。」
ノックをして薫が入ると集がちょうどお茶を入れて準備をしていた。
「そこに椅子があるから座ってよ。」
既に普段の口調になっている集に安堵のため息をついて指された椅子に座って集からお茶を受け取ると集が口を開く。
「どうしたの?」
(来た理由ぐらいわかってるのにわざわざ言わせるなんて集、いじわる。)
内心で愚痴を言いながら拗ねた表情になると集は苦笑いを浮かべて薫の頭をなでる。
「冗談だよ。さっきも言ったけど怒ってないよ。確かに面倒だけど必要な経験だと思ってもう割り切ってるからあんまり気にしなくていいよ。」
どうしても身内には甘くなる集に薫は一瞬甘えたくなる。その瞬間脳裏に過った決意に薫は集の腕を振り払う。
「え?」
「ご、ごめん。怒ってないなら私もう行くね!!」
手を振り払われた集はショックを受けた表情で一瞬固まるとそのうちに薫は逃げるようにその部屋から出ていく。
部屋を出た薫は自分の腕を自分でも驚いた表情で見つめる。
(集になら甘えてもいいのに。なんで?なんで私は振り払ったの?集なら問題ないはずなのに。)
薫は泣きそうになるのを我慢して逃げるようにそこから離れて行った。その心に占めているのは自分の無意識な行動に対する疑問だけだった。
余談だが、腕を振り払われた集はショックのあまり理解不能の思考に入っていた。
(なんで、振り払われた?昔は大丈夫だったのに?嫌われた?マジで?!いや、でも。本人も驚いた表情だった。でことは生理的に俺を受け付けなくなった?)
1人でいたせいか集の思考を遮るものがなくてくだらない時間はしばらく続いた。これだけで集はどれだけ身内が大事かよくわかる反応でそれを後日知ったアイテール共々は笑いながらからかいのネタにしようとして集がガチギレしそうになった。