第62話
右から来る剣閃を半歩下がることで避けて、剣に力を加えて力のベクトルを操作して相手を転倒させる。すぐに、左と後ろから完璧なタイミングの殺気が籠った一撃(二撃?)を軽くいなしてお互いがぶつかってそこに立っているのが1人になった。
(悪夢か?)
戦闘切って戦って最後の方まで立っている最後の1人は戦慄していた。油断も慢心もしていなかった。魔法を禁止されていたとしても立っているロナルド フェクタルは勝てると信じていた。近衛騎士20人を同時に相手して涼しい顔をして立っている姿を見れば現実逃避もしたくなるだろう。
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あの後、近衛騎士たちの訓練に合流して適当に流していたらアリアナにあることを提案されて受けてみれば、まさかの総掛かり戦。多数の騎士たちですら戸惑っている中でロナルドは一目散に集に切りかかった。前回の護衛で集の実力を垣間見ていたロナルドは周りよりも集を高く評価していた。そして、今回集の訓練中の素振りからパワー重視の戦い方が本来の物ではないことに気が付いた。だからこそ、集が一番油断する開始の合図と同時に全力の一撃を人間の急所の首目掛けて放った。勢いを殺さずに振りぬかれるその剣を集は咄嗟に後転をして紙一重で避けた。その動きから騎士たちは集を円形に包囲して休む暇もなく攻め立てて行った。最初は剣に氣を纏わせて剣を維持しながら戦っていたがまどろっこしく感じて素手で直接相手の氣を直接操作して力を受け流して傍から見たら薙ぎたおしていくように見せながら一人ずつ確実に減らしていく。確実に体内の氣が崩されていって順位の低い者から倒れていく。途中から訓練とは言い難いほどの殺気を放ちながら挑んでいくが数を減らして余裕ができた集は焦ることなく対処した。
ロナルドを残して全員が倒れたところでアリアナは動いた。
「そろそろ、私も参加しようか。」
審判の役割を俊に丸投げして自分の愛剣を抜いて魔法を発動させる。
「なっ! 隊長!訓練での魔法は禁止では?!」
「これは、実戦形式の訓練だ。魔法を使わない実践はあるのか?」
普段から魔法を使うと怒声を浴びていた手前、騎士たちは訓練という事だけで魔法を使わずに戦うようになっていった。
一気にアリアナの剣に魔力が集まって白い霧のようなものを纏いだす。
「レイピアに氷を付加したにしては魔力込めすぎじゃない?」
流石の集もアリアナの全魔力をレイピアにつぎ込んだ状況に警戒を強めて距離を開ける。
「ああ、この剣は特別でな。私の魔力を全てつぎ込まないと目を覚まさないんだ。それに下手な魔法なんて聞かないんだろ?」
(気付かれてた?)
アリアナの不審な言葉に練る氣の量を増やす。アリアナは集がさらに氣を強めたことを感じて自分の失言に気が付く。
((厄介だな。))
お互い同じことを考えて距離を詰めようとする気配がない。
倒れていた騎士たちも避難をできるくらいに回復したら次々と周りから人が減っていく。
最後に周りから人が居なくなってアリアナが口を開く。
「一つ聞きたい。」
「何かな?」
「そこまでの力を何故手に入れようと思った。そして、何故国に所属しようとしない。」
目を瞑って思案している顔になる集。目を瞑っていても隙ができないのに気が付いたのはアリアナと俊だけだった。他の騎士たちはどうしてもそれを隙だと勘違いしていた。
1分もしないで集が目を開ける。その口から出た言葉にアリアナは渋い顔をする。
「それは国に所属しなくても大切なものを守れるという驕りか?」
少し怒気を込めた言葉に集は苦笑いを返す。それを肯定と受け取ったアリアナはそれを区切りに再び戦闘を開始する。
「はあ!」
「よッ」
毎秒5回の速さで斬り刻もうとする剣を集はたまに手で逸らしながら回避していく。次第に集の手が凍りついて動きが鈍くなってくる。
「どうした。国からでも守り通せるほど強いんだろ?」
アリアナが挑発をしてくるが、その眼に油断も隙もない。そこには怒りと集中によって研ぎ澄まされた殺意があった。
「あなたがどういう風に勘違いしてるかわからないけど、」
集は台詞を言いながら手にまとわりついた氷を腕を振るって何事もないように落とす。
「俺は事実を言ってるんだよ。」
流石のアリアナも腕を振るうだけで無傷で出てくるなんて考えもせず動揺する。
「そろそろ、攻守交代しようか。」
そういって集は腰に括りつけていた袋の口を開いて手を差し込む。
「それは?」
「俺の二つ名の理由になる武器だよ。」
その手に指の間には黒い小さな玉が挟まれていた。それがなんなのかすぐに気が付いた俊はアリアナに助言をしようとするがアリアナがそれを止める。
「確か、貴様の二つ名は『変幻百器』だったか?」
集はそれに答える代わりにその球を砂状に戻す。
集の冒険者として使っていたものは砂鉄。集の能力とも相性が良くて変幻自在に操ることができる、無形の武器だ。