第61話
「兄さん、これは何かな?」
場所は王城にある近衛騎士の詰所の応接間。相対している俊はわざわざ詰所に集が顔を出しに来たことを聞いて嫌な予感をして向かったところで1枚の紙を押し付けられた。表面上は変わった様子が見えない集だったが俊にはイラついているのがわかった。
「ん?指名依頼のだろ?」
「兄さん、しらばっくれるんなら殴るよ?」
軽い冗談のつもりで言った言葉に集の目が軽く据わるを感じ取ってすぐに降参に意を示す。
(最高神で全知があるんだから隠し事できないな。)
普段は全知を封印されているがさすがに違和感を感じた集は定期以外に始めて解放して今、俊の目の前にいる。
集の手に握られているのはギルドの指名依頼の依頼書。ギルドが普通の冒険者では達成ができないと考えられている依頼もしくは権力者が有名な冒険者を指名してくる依頼がほとんどだ。今回は後者の依頼だった。
「いや、あれだよ。集のためを思ってやってるんだよ。」
「葵に頼まれたからってわざわざ姫さんを使って依頼してくるなんて何を考えてるの?」
俊の言葉を無視して更にその依頼書を近づける。依頼書にはこう書かれていた。
[依頼・学園の臨時教師
期間・3年間
内容・学生の戦力向上のために現役の冒険者から手解きの依頼。理由は極秘とのことだが今後のために戦力の底上げが必要になってくるそうだ。そのための地盤にタチバナ・シュウの力が必要だとのことだ。
依頼主・ディンペンド国]
見た感じではAランクの実力者にこの手の依頼が来ることは不思議ではない。が、国から来ることはない。しかも国王の刻印入りの依頼書なんて戦争時の協力要請でも出回ることはない。
「全知使ったならわかるだろ?葵に頼まれて集を学園に行かせる方法を考えていたらちょうど魔王が作られるっていう事態になったからそれを利用したんだよ。あとはそれを盾に姫様を説得したんだけど、王様まで出てくるなんて予想外だったな。」
「そんなことが知りたいんじゃなくて、なんで俺を送ることを了承したのか聞きたいんだよ。」
「妹の願いを叶えるのが兄の役目だぞ?」
「黙れ、シスコン!弟のことも考えてくれ!」
集の悲痛の叫びは張った結界のおかげで外には漏れなかった。俊はそんな集を見て最終的には引き受けてくれることを確信している表情をしていた。
どこまでも身内に甘い集は妹と兄の頼み?を断るつもりはなかったけど今さらでも理由を明確にしたかった。
(兄さんのシスコンぶりは相変わらずだけど、変わらなさ過ぎだろ。)
悪化しているようにも感じたが、1年間以上放置していた罪悪感によるものだと自分の中で折り合いをつける。
「お前の知識が役に立つんだ。うれしくないか?」
「俺、せっかく王都に家買って工房とか整理したんだけど。」
「別に、家から通っても問題ないだろ?」
「馬車で3日かかる道のりだよ?」
「力を使えば余裕だろ?」
「普通に目撃されるじゃん。」
「頑張れ」
「丸投げ!?」
集たちがコントを繰り返していると扉を叩こうとする気配がして二人とも黙る。
「失礼する。」
入ってきたのは近衛隊隊長のアリアナ。俊が敬礼をすると一瞥して集を睨みつける。
「なんの用でここにいるんだ?」
「隊長さんに用はないよ。」
最近ではアリアナの態度に触発されて集の対応も冷たいものになっていた。サンテリアの護衛で戦争に行った時の帰りに一層ひどくなっていった。
「ならば、さっさと帰ればいいだろう?」
「はいはい、そうします。」
相手するとめんどくさいことになるのがわかっていた集はすぐにドアまで歩いていく。俊は二人の会話に眉間の皺を伸ばしながら集に別れの挨拶をしようとした時にアリアナが動いた。
「待て、せっかく来たんだから訓練に参加していくのはどうだ?」
唐突な発言に振り返ると挑発的な笑みを浮かべて集を見ているアリアナがいた。後ろで俊が頭を抱えているのも視界に入っていたけど、止めてくれる気配はない。
「なら、少しお邪魔するよ。」
(少し見たら速攻で帰ろう。)
軽い気持ちでその申し出を受けてアリアナと俊の後ろについて修練場まで歩いていく。
この時まではめんどくさいことになるなんて集は考えてもいなかった。