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タカミヤ・ビルの玄関ホール前には、救急車が停車していた。待ち構えていた救急隊員が、南波をベッドに横たえ、点滴の措置をとる。その南波が、カツキを手招きした。
「ありがとう。あなたたちが居てくれて、よかった……」
泣き出しそうになる南波に、安心させるようにカツキは微笑みかけた。
カツキの肩越しに、リツキが尋ねる。
「どうやって、俺たちのことを知ったんだ?」
「病院で目が覚める寸前に、あなたたちの姿が見えたの」
リツキとカツキ。夢で見た通りの二人を見比べて、彼等との不思議な出会いを思い出し、南波は口元で笑った。
「あなたたちの頭の周りに、光りの輪が見えたの。最初は、天使なのだと思ったわ。でも、学生服を着ている天使なんて変だって気付いて。あれは幻じゃなくて、きっとあなたたちはこの街に居るんだって、直感したの。
あなたたちなら、あの黒い翼をなんとかできるんじゃないかって。そう気付いたら、どうしても逢いたくて。
でも電話で話すまでが、私の精一杯だったわ」
「こいつだよ。あんたからの短い電話だけで、あんたの頼みを全部理解した」
「……お姉さん。白い翼って、どうなったの?」
思いつめたように尋ねるカツキに、南波は不思議そうに見上げた。南波は知るよしもない。二人は、セイジとキャランから聞かされてきた、人間が得てはならない危険な翼ではないかと連想していた。
『サイコ・ウィング』。最高無二の『力』の象徴。
その翼を得た者は、あらゆる望みを適えることが可能。
だが、不幸ももたらす。だから刈り取らなければならない。その場合。最悪な場合には、持ち主の心を崩壊させることもある。
「あれきりだ。もうあんたには翼はない」
双子たちは、断定するセイジを振り返った。
「あんたは本当に、天国の淵まで行ったんだ。だが帰された。神が与えた、片方だけの白い翼で。感謝するんだな」
「……はい」
東野と南波を乗せた救急車は、滑らかに病院へと引き返して行った。
「セイジ。今の話し。本当なの?」
カツキが不安な目で念を押す。
「片翼だけのサイコ・ウィングは存在しない。
嘘を言って、お前らの知らないところであの子の翼を始末しようなんて、姑息なことは考えちゃいない。安心しろ」
「元天使だから、いろいろ知ってるんだ」
リツキが茶化す。
「悪いかよっ」
「褒めてんだろ? 照れるなよ」
「……だーれが、お前らに褒められて嬉しいかっ……」
「ね……。どうしよう。最後の一個」
一切れ残ったバスケットを抱え、カツキが呟く。
「セイジは?」
「一つで十分。俺には甘すぎる」
「俺も。お前にやるよ」
リツキも譲ってくれるけど。カツキは眉間に皺を造る。
「……。僕も、沢山貰ったよ。どうしよう……」
「自分で考えろ」
少しの思案の末、おずおずと呟いた。
「……キャランに、あげたい」
「無茶なこと言うな」
「今日の仕事の戦利品だからな。自慢にはなるな」
頭ごなしに否定しないセイジが、カツキは嬉しかった。
「あとで、あのお姉さんにレシピ、聞いてもいいかな?」
「さあな。自分で考えろって言ってるだろ」
突き放すリツキに、カツキはまたまた眉を寄せた。
「……一人じゃ聞きに行けないよ」
「なら諦めろ」
ムッと、カツキは頬を膨らませる。
「……。わかったよ。僕、一人で逢うから。
絶対、今度、キャランが帰ってきた時、造るんだ」
「ほー、そうかいそうかい。だが、ぼろアパートにオーブンなんて洒落たものはないぜ」
「う……。う………」
呻くカツキに、リツキは言い捨てた。
「早く食っちまえよ。置いていくぞ。 ?」
ふいにカツキの気配が消えたので、姿を探すと。
「おじさん。これ、食べてください」
通りかかった浮浪者に、バスケットを差し出している。
「……あのバカっ。マジでバカのつくお人よしだぜっ」
悪態をつくリツキの背後で、セイジもぼやいていた。
頭をかきながら、心底、弱っている。
「たくっ。お前らに早退させた挙句に、収入ゼロかよ。
キャランの耳に入ったら、何って言うか……。あー、考えたくねー」
小耳に挟んだカツキは、握った拳に力を込める。
「キャランは褒めてくれるよ……!」
「………」
「絶対にっ」
無条件な信奉者の発言に、セイジは大きく怯んだ。
自棄になってうなずいてやる。
「そーだそーだ。キャラン様は、そんなに了見狭かないっ。カツの言う通りだっ」
満足して、ようやくカツキは岐路につく。双子たちの後を追いかけながら、セイジの独り言は続いた。
「……なろっ。俺が後で、小言を食らうんだよっ」
『セイジがついていて、どうしてなのですか? 二人は中学生なのですよ。本業はあくまでも勉強なのです。今回はよしとしても、保護者のあなたがそれでは、今後の示しがつかなくなります。そうなっては、誰の言葉に従えばよいのかが曖昧となり、無軌道な判断を自分たちで下してしまうようになるかもしれません。
二人はまだ子供です。正しい判断だとしても、経験のない危機に陥るかもしれません。それを回避するためにも、彼等を正しく、ごく普通の子供たちとして、扱わなければ。
あくまでも、家長はあなたです。それを忘れないように。
二人を導いてあげて下さい』
幻のお小言が容赦なく聞こえてくる。
「へーい。スミマセンデシタ。以後、気ヲツケマス」
「何、ブツブツ言ってるの?」
「お前のプッツンのおかげで今日も楽できましたって、お前の神様キャラン様に報告してんのっ」
ちょっと頬を赤くして、カツキは頭を振った。
「……。神様って……。そんなんじゃないよ……」
「セイジの神様だろ? あんたキャランの言いなりじゃん」
「………。黙ってろ。くそガキっ………」
唸って黙るのは、セイジの方だった。
「お腹空いたよ、セイジ?」
「俺も。何食おうかな……?」
物色を始めるのはリツキ。ここには、なんでも揃ってる。
「……お前らは、オレンジ・タルトでいーんだろっ?」
「は? 菓子なんか食い飽きたって、今言ったろ……」
「『マリアーシュ』の?」
カツキは洋菓子店の看板を指した。
「セイジ。覚えてたの?」
「んなもん食後のデザートでいいだろ?」
セイジがカツキに財布を放り投げる。
「買ってこい。その代わり、お前が昼飯を造れよ。
今日は、ボランティアだからな。贅沢出来ねーの」
「いいよ。僕、造るから、何が食べたいか考えててね」
両手でキャッチしたカツキ。駆け出す寸前、にこっと笑う。
「ありがと、セイジ」
なぜか、カツキの笑顔がまぶしくて、目を細めるセイジ。
「は……。あんた、カツに甘いんじゃないの?」
「悪いかよ……」
「別に。俺たち、甘えたい盛りの年頃だから、丁度いいかなって……。痛っ。殴んなよっっ」
「だーれが、甘えたい盛りだって?」
ちょっと甘い顔をするとコレだ。リツキには手加減しない。取っ組み合いが愛情表現の一つでもある。
カツキが店先に現れ、二人に大きく手を振った。
「売り切れてるよ。どーしよー?」
ニッコリ笑って、セイジはリツキに命令した。
「おい兄弟。あの10歳児の面倒を見てこい……」
よく晴れた秋の昼下がり。手のかかるガキどもを、ファミレスに導かなければならないと、セイジは諦めた。
PEEL 完




