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~父の帰り~

 私はマトリーニさんの話を聞き入っていた。それはまるで、私が体験したかのように感じられた。彼女の語り口がそうさせるのか、はたまた私のいつもの妄想癖の賜物か。いずれにしても、私にとっては大変有意義な時間が過ごせた。

「ねえ、マトリーニさん。そのあとはどうしたの?」

「彼とは二度と会うことはなかったねえ。それでも私が何か挫けそうになった時は夢の中に現われてくれるの。励ますかのようにね」

「いまでも会いたい?」

「ええ、もちろん。一目でもいいから会いたいわね」

 マトリーニさんが淹れてくれた紅茶の香りと共に、私は話の余韻を楽しんだ。



 数週間後、私はテレネスの通りをはずれた路地裏に足を向けていた。直接ゴンズさんの店を訪れるのは久しぶりだが、事前に注文をしていなかったので、市場に出店はでていない。

 私が店の扉を開けると、取り付けられた鐘が客の来訪を告げる。

「おや、ワシュ珍しいね、直接店に来るなんて。物入りかい?」

「ええ、そうだけど……」

 客がいないとき、ゴンズさんはいつもカウンター後ろにある棚を手持ち無沙汰のようにチェックしている。人通りの少ない場所に佇むこの店に客が来るのは珍しい。しかし、私のような突然の客の来訪に彼が動じることはない。

「なんでいつも私だと判るの?」振り向きもせず、背中に目でもあるかのようにお得意客の名を言い当てるのが彼の特技である。

「そりゃわかるさ。通りの石畳を歩く足音や、扉を開けたときのドアベルの鳴り加減なんかでね」

「驚きだわ。お祭りの出し物だったら私お金を払うと思う。初見のお客さんにもそうやって堂々としてるともっと尊敬するけどね」

「はっはっは。こりゃ一本とられたな。ところでまだ欲しい物を聞いていなかったね」ようやく彼が振り返ると、その目尻に皺を寄せ集めた笑みを拝むことができた。

「そうだった。こないだの園芸用の柵はとても良くて、お隣のマトリーニさんにも好評だったわ。でもね、やっぱりどこか物寂しいのよ。だから思いなおして、諦めてた犬小屋を建てるのに、その材料を見繕って欲しいの。お庭が挟くなるのがちょっと心配なんだけどね」

「ふむふむ。犬小屋ねえ……。ワシュ一人で作るには大変じゃないかな?」

「大丈夫、私器用だもの。お父さん譲りなの知ってるでしょ。あと、屋根の色は真っ青がいいわ。空のように澄んだって意味よ。屋根も自分でペンキ塗りしたいところだけど、ただでさえ家の中ひっちゃかめっちゃかだから掃除してる暇ないの」

 私は肩をすくめ、あたかも自慢話のように語ってみせた。

「うん、大体わかった。今回は材料が多いから、直接ワシュの家に届けてあげるよ。お代はその時でいいから」

「ありがとうゴンズさん」

 私は礼を言うと、急いで家に帰った。今日は久しぶりに父が帰ってくる日だからだ。父は峠を越えた先の隣町で仕事をすることが多い。父は建築士であるが、隣町には設計士が少ないらしく、出稼ぎに行っている。仕事先ではろくな物を食べてないだろうから、父が帰って来たときには私がごちそうをうんとつくってあげたいのだ。

 私は腕まくりをすると、気合をいれてキッチンに入った。

 今日は父の好物ラザニアをつくる。オーブンを予熱している間、父の好む粗めの挽肉を、今朝市場で買っておいたトマトとともに炒めておく。挽肉はトマトの燃えるような赤に染まっていくが、火を通していくうちに徐々に落ち着いた色合いを取り戻す。こうしてできあがったミートソースは大きめの耐熱皿に少し敷いておく。その上から、層になるようにラザニアの生地とミートソース、さらにチーズと重ねてゆく。それを何度か繰り返し、皿いっぱいに満たされたところで、オーブンに投入する。オーブンは扉を開けただけで熱気が伝わってくる。私はふんと息を溜めると、兎柄のミトンを両手にはめ、ラザニアで重くなった皿をぐいと庫内へ押し込んだ。鉄の扉をがちゃりと閉めると、あとは五十分ほど待つだけだ。

 私はぼんやりと居間にかけられた振り子時計を眺めていた。そういえば今日はまだ昼寝をしていなかったっけ。父が帰って来る日にはいつもはりきりすぎてしまうのだ。

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