~わかれみち~
私たちは森を抜け、丘をめざす。
今朝はどこか落ち着かない気持ちで目覚めた。
私にとってこの数日のできごとはとても不思議なものだった。でも、ギッポといるとそれは当たり前のことのように感じられた。
きっとギッポはそんな風には思っていないだろう……けど、それが彼にとっても楽しい思い出になっていてほしいと願う。
「ねぇ、ギッポ」
「……なんだ?」
最初に出会った頃と変わらない。
いつ、どんなときでも、ギッポはギッポのままで。
それは、なんだか心地よかった。
過ごした時間は短い間だったけど、ギッポはいつも通りのふりをしてくれているんだってわかった。
「ギッポは迷惑じゃなかった?」
「なにが?」
「わたしのこと」
「そうだな…………うん、色々あったけど退屈しなかったな」
「なら、よかった。また会いに来てもいい?」
「ああ、いつでも」ギッポは振り向かないまま、そう言ってくれた。
何も考えていないのに、足だけは勝手に動いていく。気付くと、ふたりは丘にたどり着いていた。私が最初に訪れ、崖から落ちたあの丘だ。ピクニックに訪れる人々でにぎわっていたこの場所も、時が止まったように静まり返っていた。今は私たちだけがぽつんと佇んでいる。
そうしたいわけではないのに、淡くかすむ遠くの景色をふたり眺めていた。
ただそれしかできなかった。
誰かが言った。
何かを始めるということは、何かが終わるということ。
もし――いま私が声をかけたら、このひとときはすぐに終わってしまうのではないだろうか。
でも――何もしなかったら、この一瞬は記憶にも刻まれぬまま過ぎ去っていくだろう。
それは、永遠にもどってこない。
『さよなら』の時間だから。
私はギッポに声をかける。
「ここまで送ってくれて、ありがとう」
「もう、いいのか?」
「うん。あとは自分で帰れるよ」
「そっか。じゃあな……」
とつぜん風がびゅうっと吹いて、私をなでるように抜けていく。気がつけばギッポの姿は見えなくなっていたけれど、心地よい風の余韻が私の体に残っていた。
さっきの風が遠くの木々を擦っていく音がする。その中で、私の名前が聞こえた気がした。きっとギッポなりの別れのあいさつなんだと思う。面と向かって言うのは無性に照れくさいから、たぶんそんな理由で。