第9話:『返せ』という傲慢な来訪者
静寂に包まれていた離宮の正門が、けたたましい音を立てて開かれた。
現れたのは、王家の紋章が刻まれた、金ピカの馬車。
泥だらけで手入れも行き届いていないその姿は、今の王宮の混乱を象徴しているようだった。
「エルセ! どこだ、エルセ! 出てこい!」
馬車から飛び出してきたのは、第一王子ジュリアンだった。
かつての端正な顔立ちは、焦りと苛立ちで見る影もなく歪んでいる。
私は、ジークヴァルト様に促されるまま、離宮のテラスからその様子を見下ろした。
隣には、不快そうに眉を寄せるジークヴァルト様と、今にも剣を抜きそうなセラフィナ様が控えている。
「あら……ジュリアン様。わざわざこのような辺境まで、何の御用でしょう?」
私の声に、ジュリアンがバッと顔を上げた。
「エルセ! そこにいたか! ……ふん、ジークヴァルトのところに身を寄せていたとはな。
まあいい、お前のその不遜な態度は、今回だけは不問にしてやる。さあ、今すぐ荷物をまとめて馬車に乗れ!」
開いた口が塞がらない、とはこのことだろう。
彼はあんなに酷い言葉で私を追い出しておきながら、一言の謝罪もなく「戻るのが当然だ」という顔をしている。
「……お断りしますと言ったはずですが。聞こえませんでしたか?」
「黙れ! これは王命だぞ!
聖女メリーナが、お前の嫌がらせのせいで体調を崩し、魔法が使えなくなっているのだ!
お前が城に戻り、以前のように『正常に機能している』と記録しさえすれば、すべて解決する!
お前も、自分の『記録』が役に立って嬉しいだろう?」
(……ああ、この人は本当に、何も分かっていない)
私を、ただの「魔法の電池」か何かだと思っている。
私の心がどれほど傷つき、どれほど絶望したのか……その欠片も、彼の想像力には及ばないらしい。
私が冷めた視線を送っていると、横から低く、地響きのような声が響いた。
「――お前のその汚い口を閉じろ、愚兄」
ジークヴァルト様が、一歩前へ出る。
その瞬間、周囲の空気が一変した。
物理的な圧迫感。氷のような冷気がジュリアンの足を止め、彼をその場に縫い付けた。
「ジ、ジークヴァルト……! 貴様、弟の分際で私に……っ」
「弟? 違うな。今の私は、エルセを『世界の至宝』として預かる、この領地の主だ。
……許可なく私の庭に踏み入り、私の『心臓』を侮辱した罪。その身に刻んでやろうか」
ジークヴァルト様が指を鳴らす。
すると、離宮の屋根や壁から、数体の古代兵器が姿を現した。
それは、ラピス様の手引きで私が『正常に稼働している』と記録し、千年の眠りから目覚めた守護像たち。
その巨大な銃口が、一斉にジュリアンへと向けられる。
「な、なんだこれは!? なぜ古代遺物が動いている!」
「エルセが望んだからだ。……ジュリアン、お前は彼女を『ゴミ』と呼んだな。
ならば、そのゴミに救いを求めるお前は、それ以下の汚物だ」
ジークヴァルト様の瞳が、冷酷な黄金色に輝く。
「……セラフィナ。この汚物を門の外まで掃き出せ。二度と、エルセの視界に一粒の塵も入れるな」
「御意!」
セラフィナ様が、待ってましたと言わんばかりに跳躍した。
彼女の放つ凄まじい威圧感に、ジュリアンは悲鳴を上げて腰を抜かし、泥の中に無様に転がった。
「ひっ、あ、あああ……っ! 待て、私は第一王子だぞ! エルセ! 助けてくれ、エルセぇ!!」
泥まみれになり、無様に這いずりながら逃げていく元婚約者。
かつて私が愛そうとした人の面影は、もうどこにもなかった。
「……エルセ、気分はどうか?」
ジークヴァルト様が、私の視界を塞ぐように、優しく私を抱き寄せた。
「……すっきりしました。もう、あの人の声すら思い出せそうにありません」
「それでいい。あんな男に、一文字たりとも君の記憶を割く必要はない」
彼は私の髪に、深く、深く口づけを落とした。
「君のペンは、私のためにだけある。……そうだろう?」
「……はい、ジークヴァルト様」
遠くで、ジュリアンが衛兵に引きずられていく情けない声が聞こえる。
王宮が、そして彼が、エルセという「世界の核」を失った代償を真に理解するのは、これからだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ジュリアンの無様な土下座(逃亡)、いかがでしたか?
「ゴミに救いを求める汚物」というジーク様のセリフ、書いていてミラもスカッとしました(笑)
「ジュリアンの没落がもっと見たい!」「ジーク様の独占欲がたまらない!」
と思っていただけたら、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】やブックマークをお願いします!
あなたの評価が、ジュリアンの「泥沼」をさらに深く、エルセの「幸せ」をより確かなものにします。
次回、いよいよ第1章クライマックス!
第10話は「銀のペンは、私の運命を書き換える」。
エルセが完全に過去を断ち切り、ジークヴァルトと共に新たな「歴史」を刻み始める、感動の結末をお楽しみに!




