第7話:偽りの聖女と、剥がれゆく光
王宮の庭園は、かつて「常春の楽園」と呼ばれていた。
しかし、今はどうだ。
枯れ果てた木々が幽霊のように立ち並び、噴水の水は濁り、腐臭を放っている。
「メリーナ! まだか! 早くその『光』で、この惨状をどうにかしろ!」
ジュリアン第一王子の怒号が、静まり返った庭園に響き渡った。
彼の背後には、不安げな表情を浮かべた高官や貴族たちが詰めかけている。
「は、はい……分かっておりますわ、ジュリアン様」
メリーナは震える手で、宝石が散りばめられた杖を構えた。
その顔は、厚い化粧でも隠しきれないほど蒼白だ。
(どうして……? どうして魔法が出ないのよ!?)
メリーナは心の中で悲鳴を上げていた。
彼女の『光の魔法』は、実はエルセが影で「メリーナ様の魔法は、今日も美しく発動した」と日記に記すことで、その事象を固定し、増幅させていたものに過ぎない。
根源となるエルセの『記録』が消えた今、メリーナの力は、そこらの一年生魔導師にも劣る程度の「光るだけの塵」だった。
「聖なる……光よ! 大地を……癒やしなさいっ!」
彼女が必死に叫び、杖を振る。
しかし。
パチン、と。
湿った火花のような貧相な光が一瞬だけ弾け、そのまま消えた。
枯れたバラは一輪として返り咲くことはなく、むしろ彼女の不純な魔力に触れたせいで、ボロボロと黒い灰になって崩れ落ちた。
「……え?」
貴族たちの間に、凍りつくような沈黙が広がる。
「な、なんだ、今の……花火ですら、もっとマシな光を出すぞ」
「聖女様の力で、王宮の結界が戻るんじゃなかったのか?」
「おい、まさか……メリーナ様は、偽物なんじゃ……」
ヒソヒソという不信の声が、さざ波のように広がっていく。
ジュリアンの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。
「メリーナ! 貴様、私を騙したのか!? これがあのエルセ以上の力だというのか!」
「ち、違いますわ! これは、その……王宮の魔力の流れが悪いせいで……っ」
「言い訳はいい! この役立たずが!」
ジュリアンはメリーナを突き飛ばした。
かつて「守ってあげたい可憐な花」として扱っていた彼女を、今や「目障りな石ころ」のように扱う。
地面に這いつくばるメリーナを見て、ジュリアンの脳裏に、かつての光景が浮かんだ。
――地味で、無口で、いつも隅っこでペンを走らせていたエルセ。
彼女がいた頃は、こんな不備は一度もなかった。
魔法陣も、予算も、庭園の木々さえも。
すべてが「当たり前」に、完璧に機能していた。
(あいつだ……エルセだ。あいつが何か、細工をして出ていったに違いない!)
己の愚かさを認めたくないジュリアンは、歪んだ結論に縋り付いた。
「おい! 衛兵! 今すぐジークヴァルトの離宮へ向かえ!
エルセを……あの女を引きずり出してでも連れ戻してこい! あいつに、この混乱をすべて元通りにさせるんだ!」
「……それは、無理な相談ですな、ジュリアン殿下」
冷ややかな声が、庭園の入り口から響いた。
現れたのは、宰相の閣下だ。その手には、ボロボロになった「エルセがかつて管理していた帳簿」が握られている。
「宰相……!? 貴様まで私に逆らうのか!」
「逆らうも何も……。エルセ様が去ってから、国庫の金の動きが『物理的に』読み取れなくなっております。彼女の記録がなければ、この国の歴史も資産も、すべてが霧に消えてしまう」
宰相は、憐れみの目で第一王子を見た。
「殿下。貴方は『ゴミ』を捨てたつもりだったのでしょうが……。
実際には、この国を支えていた『唯一の真実』を捨て去ってしまったのですよ」
ジュリアンの膝が、がくがくと震え始める。
その頃。
ジークヴァルトの離宮では、そんな地獄のような騒ぎなど露知らず。
エルセが焼きたてのクッキーを口にし、「美味しいです」とジークヴァルトに微笑みかけていた。
彼女の銀色のペンが、一文字。
『今日も、とても穏やかで幸せな一日だった』
と記した瞬間。
王宮に残された、かつての彼女の『記録』が、また一つ。
さらさらと砂のように、この世界から消えていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
メリーナの惨めな失敗と、ジュリアンの「もう手遅れ」な後悔。
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あなたの「しおり」が、王宮をさらなる崩壊へ、エルセをさらなる幸福へと導きます。
次回、第8話は「偏執の魔導師と、銀のペン」。
ついに、エルセの力を学術的に崇拝する変態……失礼、天才魔導師ラピスが登場します!
エルセを取り巻く「執着」の輪が、また一つ広がりますよ。お楽しみに!




