第6話:氷の王子の、溶けるような独占欲
視界が、ゆっくりと白く染まっていく。
大地を再生させた銀の光。
それが消えると同時に、私は強烈な立ちくらみに襲われた。
膝の力が抜け、地面に倒れそうになったその時――。
「……っ、無茶をしすぎだ、エルセ」
強い腕が、私の体を横からさらった。
ジークヴァルト様の、焦燥を含んだ低い声。
「あ……ジークヴァルト、様……。大丈夫、です……ただ、少しだけ、眠くて……」
「いいや、大丈夫ではない。顔が真っ白だ」
彼は迷わず私をお姫様抱っこすると、待たせていた馬車へと足早に向かった。
後ろからセラフィナ様が「救護班を呼びます!」と叫んでいるのが聞こえるけれど、ジークヴァルト様はそれを制した。
「必要ない。この女は、私が診る」
***
離宮の寝室。
柔らかな毛布に包まれ、私はジークヴァルト様に抱き抱えられたまま、温かい蜂蜜酒を口に含ませてもらっていた。
「……美味しい、です」
「そうか。もっと飲むといい。……君はいつも、自分の価値を低く見積もりすぎる」
ジークヴァルト様は、私の唇を親指でそっとなぞった。
その瞳には、今まで見たこともないような、切ないほどの「執着」が宿っている。
「エルセ。君はさっき、自分の意志で世界を書き換えた。……それは並の聖女が一生かけて行う奇跡よりも、ずっと重いことなんだ」
「私は……ただ、喜んでほしくて。ジークヴァルト様が守っている、この場所を……」
「……馬鹿な女だ」
彼は溜息をつき、私の額に自分の額をそっと重ねた。
鼻先が触れ合うほどの距離。
彼の熱い吐息が、私の肌を甘く焦がす。
「君が私を想って力を使ったというのなら……私は、君を一生この部屋から出したくなくなる。誰の目にも触れさせず、私だけの『至宝』として、ここに閉じ込めておきたくなるんだ」
独占欲を隠さない、重くて甘い言葉。
けれど、それが今の私には、何よりも心地よかった。
あんなに冷遇されていた私を、ここまで狂おしく求めてくれる人がいる。
「ジークヴァルト様……。どうして、そこまで私を……?」
私の問いに、ジークヴァルト様はふっと目を細めた。
彼は私の手を握り、その掌に愛おしそうに口づけを落とす。
「……君は、覚えていないだろうな。十年前、北の森で雪に埋もれていた、名もなき少年を」
「え……?」
「あの時、凍えて死にかけていた少年の傍らで、一人の少女が日記を書いていた。
『今日は雪の森で、綺麗な男の子に出会った。彼はとても暖かくて、きっと明日も元気に笑っている』……とね」
心臓が、跳ねた。
幼い頃の、断片的な記憶。
森で迷子になり、綺麗な瞳をした男の子を見つけた。
私は彼が死なないようにと願って、夢中で日記にペンを走らせた――。
「あ……あれは、ジークヴァルト様、だったのですか……?」
「ああ。君が『暖かい』と記した瞬間、私の体から氷が解け、止まっていた心臓が再び動き出した。……あの日から、私の命は君のものだ。君が書き留めてくれたから、私は今、ここに存在している」
彼は私の腰をぐっと引き寄せ、耳元で甘く囁いた。
「ジュリアンから君を奪ったのではない。……最初から、君は私のものだったんだよ、エルセ」
運命という名の、逃れられない鎖。
ジークヴァルト様の熱に浮かされながら、私は幸せな溜息をついた。
もう、寂しくなんてない。
私の記す物語は、すべて彼に繋がっているのだから。
その頃。
王宮では、麦の立ち枯れに続き、「王宮図書室の全記録が消える」という怪現象が発生していた。
エルセを失ったことで、国の『過去』さえもが崩壊を始めていたのだ――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ジーク様の過去が重すぎて最高……!」
「二人は運命で結ばれていたんだね」
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次回、第7話は「偽りの聖女と、剥がれゆく光」。
いよいよ王宮側でメリーナの化けの皮が完全に剥がれ、ジュリアンの絶望が本格化します。
「もう手遅れ」な彼らの姿をお楽しみに!




