第4話:消えた文字、狂い始めた王宮
「……っ、これ、は……」
ジークヴァルト様の離宮に用意された、訓練場。
そこで私は、自分の手帳に記した文字が「現実」を塗り替える瞬間を、目の当たりにしていた。
私の目の前には、一人の美しい女性騎士が立っている。
燃えるような赤髪を高い位置で束ねた、凛々しい美女――ジークヴァルト様の近衛騎士長、セラフィナ様だ。
「エルセ様、驚きました。貴女が『私の剣に、折れぬ加護を』と記した瞬間……剣に宿る魔力の密度が、常識では考えられないほどに跳ね上がったのです」
彼女は愛剣を鞘に収めると、私に向かって深く、騎士の礼を取った。
その瞳には、畏敬の念が満ちている。
「貴女は『記録係』などではない。この世界の法則を書き換える……『神の代筆者』だ」
「そ、そんな大層なものでは……私はただ、見たものを書き留めているだけで……」
「いいえ。貴女が『正しい』と記すことで、世界がそれを『真実』だと認識する。……これほどの力を、あの第一王子は『ゴミ』と呼んだのですか? 正気の沙汰とは思えません」
セラフィナ様が、悔しそうに拳を握る。
初めて会った時、彼女は「殿下が連れてきた女の価値を見極める」と厳しい表情をしていた。
けれど、私の力の一部を見た今では、誰よりも熱烈な「私の守護者」になってくれていた。
「安心してください、エルセ様。あんな愚か者たちの元へは、指一本触れさせません。もし来たら、この私が……」
「――セラフィナ。その役目は、私のものだと言ったはずだが?」
低く冷徹な声と共に、ジークヴァルト様が現れた。
彼は私の肩を抱き寄せ、縄張りを主張する獅子のように、セラフィナ様を鋭い目で見据える。
「申し訳ございません、ジークヴァルト殿下。つい、エルセ様の尊さに熱くなってしまいまして」
「……わかればいい。エルセ、客人が来ているぞ」
客?
私が首を傾げると、ジークヴァルト様の背後から、見覚えのある顔が現れた。
王宮でジュリアン様の側近をしていた、高慢な文官だ。
彼は泥に汚れた私の姿を想像していたのか、ジークヴァルト様に大切に扱われ、見違えるほど美しくなった私を見て、あからさまに動揺した。
「エ、エルセ殿! 探しましたぞ! さあ、すぐに城へ戻るのです!」
文官は、命令口調で私に詰め寄ろうとした。
けれど、その前にセラフィナ様が剣の柄に手をかけ、一歩前に出る。
文官は悲鳴を上げて飛び退いた。
「な、なんだ貴様は! 私はジュリアン王太子の名代だぞ!
エルセ! 貴様が去ってから、城の魔法陣も帳簿も滅茶苦茶だ! 聖女メリーナ様も『記録がないから魔法が使えない』とお困りなのだ! 今すぐ戻って、すべてを元通りにしろ!」
……驚いた。
あんなに私を「無能」と蔑み、「ゴミ」だと切り捨てたのに。
困ったら、戻ってきて直せ、だなんて。
私の心の中に、冷たい感情が芽生える。
それは、今まで感じたことのない「拒絶」だった。
「……お断り、いたします」
「な、何だと!?」
「ジュリアン様は仰いました。『お前の記録などゴミ同然だ』と。
ゴミが必要なら、王宮のゴミ捨て場を、メリーナ様と一緒に探せばよろしいのではありませんか?」
私の言葉に、文官は顔を真っ赤にして絶句した。
横でジークヴァルト様が、「ククッ……」と愉快そうに笑う。
「聞こえたか? 彼女は、私のものだ。……ジュリアンにはこう伝えろ。
『世界の至宝を手放した代償を、その身で存分に味わえ』とな」
「そ、そんな……! そんなことを言えば、戦争になりますぞ!」
「戦争? 受けて立とう。……もっとも、魔法陣も動かず、資金管理もできない今の王宮に、戦う力など残っていればの話だがな」
ジークヴァルト様の黄金の瞳が、殺気と共に細められる。
文官は腰を抜かし、這々の体で逃げ出していった。
静かになった訓練場。
私は、自分の手が少しだけ震えていることに気づいた。
初めて、自分から「拒絶」を口にした。
「……怖かったか?」
ジークヴァルト様が、優しく私を抱きしめる。
「いいえ……。ただ、少しだけ、すっきりしました」
「それでいい。君が記すべきは、もう彼らの無能さではない。
……私との、幸福な未来だけだ」
彼は私の耳朶に、熱い唇を寄せた。
その向こう側で、セラフィナ様が「よく仰いました、エルセ様!」と、なぜか私以上に嬉しそうに頷いている。
王宮に残されたのは、機能不全に陥った巨大な城と、自分たちの過ちに気づき始めた愚か者たち。
私のペンは、もう、彼らのために動くことはない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ゴミはゴミ捨て場で探せ!」
エルセの痛快な一言にスッキリしていただけたでしょうか?
また、新しい女性キャラ・セラフィナ様も、エルセの「強火なファン」として今後活躍してくれます!
「もっと王宮側を追い詰めたい!」
「ジークヴァルト様の独占欲をもっと見たい!」
と思われましたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】の評価とブックマークをいただけると嬉しいです!
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次回、第5話は『万象記す(アーカイバー)——それは神の指先』。
いよいよエルセの力が、領地の危機を救う「奇跡」として顕現します。お楽しみに!




