第3話:氷の王子の甘すぎる檻
「……エルセ、あーん、だ」
「ひゃいっ!? じ、ジークヴァルト様、それは……っ」
目の前に差し出されたのは、最高級の銀のスプーンに乗った、とろけるようなフォアグラのムース。
ここはジークヴァルト様の離宮にある、陽光が差し込む美しいダイニング。
昨夜、雨の中で拾われてから一夜。
私は今、この国の「氷の獅子」と恐れられる第二王子の膝の上に座らされていた。
「君は痩せすぎだ。ジュリアンの元では、満足な食事も与えられていなかったのか?」
ジークヴァルト様の低い声が、耳元で甘く響く。
彼の逞しい腕が私の腰をがっちりとホールドしていて、逃げ場なんてどこにもない。
「そ、そんなことは……。ただ、記録に没頭していると、つい時間を忘れてしまって……」
「これからは、私が君の時間を管理する。食べるのも、寝るのも、記録するのも、すべて私の許可を得てからだ。いいな?」
有無を言わせぬ独占欲。
普通なら怯えてしまうような冷徹な瞳が、私を見つめる時だけは、狂おしいほどの熱を帯びている。
私は顔を真っ赤にしながら、差し出されたスプーンを口に含んだ。
……美味しい。
心まで温まるような、優しい味がした。
「ふむ、いい子だ。……さて、エルセ。君が昨日、城を去る時に手帳に書いた『最後の一文』は何だった?」
ジークヴァルト様が、私の手帳をサイドテーブルから取り上げた。
私が大切に抱えていた、ボロボロの手帳。
「それは……『第一王子の加護の記録、終了』と……」
「ククッ、最高だな。君が『終了』と記したことで、この国を支えていた因果の糸が切れた」
ジークヴァルト様は、愉快そうに喉を鳴らした。
「今頃、王宮は地獄絵図だろうよ」
***
その頃、王立アカデミーの講堂――。
「どういうことだ! なぜ魔法陣が起動しない!」
第一王子・ジュリアンの怒号が響き渡っていた。
卒業パーティーの後片付けもそこそこに、王宮の魔導師たちが真っ青な顔で走り回っている。
「は、判りません! 維持魔力が急激に枯渇し……まるで、『そこに魔法陣があるという事実』を世界が忘れてしまったかのような挙動です!」
「馬鹿なことを言うな! メリーナ、お前の光でどうにかしろ!」
ジュリアンに促され、聖女メリーナが冷や汗を流しながら前に出た。
「え、ええ……任せてくださいませ。私の聖なる光があれば……はぁっ!」
メリーナが杖を掲げる。
しかし、放たれた光は弱々しく明滅し、パリンという情けない音を立てて霧散した。
「なっ……!? そんな、私の力が……!?」
メリーナの顔から血の気が引いていく。
彼女の『光の魔法』は、実はエルセが傍らで「メリーナの魔力出力は正常である」と記録し、事象を固定し続けていたからこそ成立していた「砂上の楼閣」だったのだ。
「無能め! 役立たずはエルセだけで十分だと言っただろう!」
「ひっ……! そ、そんな……!」
昨日までエルセを嘲笑っていた貴族たちも、次々と起こる異常事態にパニックを起こしている。
噴水の水は止まり、魔導灯は消え、王宮の宝物庫の鍵さえも「記録上の整合性」を失って開かなくなった。
エルセという「世界の書記官」を失った王宮は、急速にその機能を喪失しつつあった。
***
「……何か、悪い予感がします」
ジークヴァルト様の胸の中で、私は小さく呟いた。
「気にするな。すべては自業自得だ。君を蔑ろにした報い……いや、君を解放するための正当な対価だよ」
ジークヴァルト様は、私の銀髪に深く顔を埋め、その香りを吸い込んだ。
「エルセ。今日から君が記すのは、私との日々だけだ。
君が『私は幸せだ』と書けば、それは絶対の真実となる。……書いてくれるな?」
「……はい、ジークヴァルト様」
私は彼に促されるまま、新しい手帳を手に取った。
真っ白なページに、羽ペンを走らせる。
『三月十九日。新しい主様に、フォアグラを食べさせてもらった。とても、温かかった』
その文字が紙に定着した瞬間。
私の体から柔らかな銀の光が溢れ、ジークヴァルト様の瞳が満足げに細められた。
彼は私の手からペンを奪い取ると、その余白に自ら追記した。
『――彼女は永遠に、私の腕の中から逃げられない』
……それは、呪いのような、甘い甘い約束だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「メリーナの魔法が消えた瞬間、スカッとした!」
「ジーク様の独占欲が重すぎて最高……!」
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次回、第4話は「消えた文字、狂い始めた王宮」。
いよいよエルセの不在が「国家存亡の危機」へと発展し、ジュリアン様が血眼になってエルセを探し始めます。
でも、もう遅いんですけれどね……ふふ。




