第26話(最終話):神話の終止符、愛の始まり
――朝陽が、離宮の寝室を白銀色に染めていた。
私はジークヴァルト様の腕の中で目を覚ました。
昨夜、世界のシステムが残していった「招待状」――空中に浮かんでいた不気味な白光は、今も私たちの枕元で、静かに、けれど傲慢に拍動を続けている。
『……ハ……見ツケ……タ……。サア、上位ノ……座ヘ……』
耳鳴りのような、無機質なノイズ。
それは、私たちが手に入れた平穏を「バグ」として修正し、再び「管理者」という名の檻へ引き戻そうとする世界の意志。
「……ふん、まだ鳴いているのか。目障りな羽虫め」
ジークヴァルト様が、眠たげに、けれど猛獣のような鋭さを孕んだ瞳を細めた。
彼は私を抱き寄せたまま、空いた左手でその「招待状」を掴み取る。
「ジークヴァルト様、危ないわ! それはシステムの一部で――」
「システムの何だというのだ。……エルセ、言ったはずだぞ。お前を神に戻そうとする奴がいれば、私はその神の座ごと、この世界を叩き壊すと」
パキィィィィィィィン!!
ジークヴァルト様が指先に黄金の魔力を込めた瞬間、絶対に破壊不可能だと思われた光の招待状が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
世界からの呼びかけを、物理的に「黙らせる」暴力。
これこそが、私の愛した、狂おしいほどに傲慢な私の王。
「エルセ。……ペンを持て」
彼は砕けた光の残骸を見向きもせず、私の手元に銀のペンを差し出した。
「神々の招待も、運命の記述も、もう必要ない。……お前の物語を、お前自身の言葉で終わらせろ。そして――私との、誰にも邪魔されない『私生活』を始めよう」
私は頷き、震える手でペンを握りしめた。
昨日まで、私は「世界のために」文字を記してきた。
誰かの期待に応えるために、正しいハッピーエンドを綴ろうとしてきた。
けれど、もういい。
私のペンは、私の幸せのためだけに動けばいい。
私は、砕け散った光の余白に向かって、最後の一行を刻んだ。
『――三月二十五日。エルセ・フォン・アルメットは、世界の管理を永久に放棄する』
銀のインクが空中に一線を画し、世界の境界線を物理的に遮断していく。
『これより、私の物語は私のもの。
ジークヴァルト・フォン・ローゼルの隣で、ただの女として、枯れるまで愛し、愛されることを……ここに確定する』
ガリガリと、ペン先が世界の理を削り取る。
その瞬間、銀のペンが真っ白な光に包まれ、さらさらと灰になって消えていった。
「管理者」としての力が消え、私は名実ともに、ただの脆弱な一人の女性になったのだ。
もう、世界を癒やすことはできない。
歴史を書き換えることも、敵をカラスに変えることもできない。
「……終わりましたわ、ジークヴァルト様。私、もう何のお役にも立てない、ただの女になってしまいました」
「……ああ、最高だな。ようやく、お前を誰にも渡さなくて済む」
ジークヴァルト様は、満足げに喉を鳴らして笑った。
彼は私の腰を引き寄せ、深い、深い、魂を奪い去るような接吻を落とした。
外の世界では、まだシステムがエラーを吐き、修正の嵐が吹き荒れているのかもしれない。
けれど、この腕の中にある限り、私は永遠に無敵だ。
神様を辞めて、私は一人の男の「執着」になった。
これ以上に贅沢な、これ以上に幸福な「終わり」を、私は他に知らない。
――手帳の最後のページに、一滴のインクも残さず、私は愛おしい人の胸に顔を埋めた。
(完)
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!
不遇な令嬢が「銀のペン」で世界を無双する物語……。
その終着点は、世界の支配ではなく、最愛の男による「支配」でした。
ジークヴァルト様の異常なまでの独占欲と、それを全肯定するエルセ様の愛を最後まで描ききることができ、作者としてこれ以上の幸せはありません。
「なろう」のテンプレを物理で壊していくジーク様の暴挙、お楽しみいただけたでしょうか?
本作はこれにて完結となります。
エルセとジークヴァルトの「続き」は、誰の手帳にも記されない、二人だけの秘密として紡がれていくことでしょう。
最後に、もしよろしければ評価【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけると、作者の「銀のペン」に新たな命が宿ります。
皆様の温かい応援こそが、この物語を完結へと導く最大の魔法でした。
また別の物語でお会いできる日を楽しみにしております!




