第24話:『聖女』を求める、白き教団の使者
それは、夜明けと共に訪れた「沈黙の侵略」だった。
離宮の窓を開けた瞬間、私の視界を埋め尽くしたのは、地平線まで続く「白」の波だった。
真っ白な巡礼服を纏い、手に手に聖火を掲げた数万の群衆。
彼らは叫ぶことも、暴れることもなく、ただ一糸乱れぬ動きで膝をつき、祈りの歌を捧げている。
「……気持ち悪いな」
背後から、低く、険のある声が響いた。
ジークヴァルト様が、寝間着の上に重厚な上着を羽織り、不機嫌そうに私の腰を抱き寄せる。
彼の指先が、私の肌を確かめるように強く食い込んだ。
「ジークヴァルト様……彼らは一体?」
「『白き教団』。世界の均衡を守ると嘯く、歴史の裏側にいた狂信者どもだ。……ラピスの言った通り、システムが直接手を出せないと分かって、今度は人心を使い始めたらしい」
離宮の正門へと、一人の使者が歩み寄ってくるのが見えた。
彼は武器を持たず、ただ一枚の純白の羊皮紙を掲げている。
ジークヴァルト様は、私を絶対に離さないという意思を示すように抱きかかえたまま、テラスから階下を見下ろした。
その視線は、獲物を屠る寸前の獅子そのものだった。
「――何の用だ。私の安眠を妨げた罪は、祈り程度では許さんぞ」
ジークヴァルト様の覇気に気圧されることなく、使者の男は深く頭を下げた。
「偉大なる第二王子殿下。我らは、失われた『世界の楔』……すなわち、そこにいらっしゃるエルセ・フォン・アルメット様をお迎えに参りました」
「お迎えだと?」
「左様です。彼女の振るう銀のペンは、もはや人の身に余る神の権能。
それを一人の男の私欲のために使わせることは、世界の崩壊を招く大罪でございます」
使者の男は、恍惚とした表情で私を見上げた。
その瞳には、一人の女性としての私ではなく、ただ崇めるべき「偶像」への渇望だけが宿っている。
「エルセ様。貴女は清らかなる聖域にて、世界の平穏だけを記すべきお方。
さあ、その汚れた『愛』という名の呪縛から解き放たれ、我らと共に天の座へ戻りましょう」
汚れた愛。
その言葉が発せられた瞬間、ジークヴァルト様の周囲の空気が、パキパキと凍りついた。
「……汚れた、だと?」
ジークヴァルト様が、静かに笑った。
それは、この世で最も冷酷な破滅の合図だ。
「貴様らのような、意志を持たぬ操り人形どもが、私と彼女の絆を語るな。
エルセが神だというなら、私はその神を奪い、私だけのものにすると決めた男だ。
……世界の崩壊? それがどうした。彼女の隣に居られない世界など、私にとっては最初から塵ほどの価値もない」
ジークヴァルト様が片手を掲げると、離宮の屋根に据えられた古代兵器が一斉に起動し、使者の足元を正確に撃ち抜いた。
「ひ……っ!?」
「次の一撃は、その『清らかなる』心臓に突き刺す。……失せろ。
私の女を『楔』だの『道具』だのと呼ぶ奴バラは、たとえ世界中の人間が味方でも、一人残らず叩き潰してやる」
ジークヴァルト様の圧倒的な拒絶に、数万の信徒たちの祈りの歌が、一瞬だけ止まった。
けれど、彼らは怯えるどころか、さらに深く額を地面に擦り付けた。
「……ああ、なんと嘆かわしい。女神様が、悪魔の毒に侵されている」
使者は、悲しげに首を振った。
「ならば、力ずくでお救いするしかありません。
――行け、『白き巫女』。貴女の『写し身』を、あるべき場所へ」
信徒の列が割れ、奥からゆっくりと一人の女性が歩み出てきた。
彼女が顔を上げた瞬間、私は息を呑んだ。
白いベールに包まれたその顔。
その瞳。
その銀髪。
鏡を見ているようだった。
けれど、彼女には「心」がない。
システムが私の予備として作り上げた、感情を持たない管理者の複製――。
「……エルセ。私の、不完全な半分」
複製が、私の声で呟いた。
その瞬間、私の手の中にある銀のペンが、これまでになく激しく熱を帯び、私の手のひらを焼き始めた。
「……っ、あ……あああっ!!」
「エルセ!? おい、どうした!!」
ジークヴァルト様が慌てて私の手を包み込むが、銀の光は彼の魔力さえも弾き飛ばす。
手帳が勝手に開き、私の意志とは無関係に文字が刻まれ始めた。
『――事象の統合。管理権限を、白き巫女へと譲渡する』
「ダメ……書かないで……! 私のペン……止まって!!」
私の叫びも虚しく、銀のペンは、私の幸せの記録を消し去るかのように、ガリガリとページを抉り取っていく。
世界が、私から「私であること」を奪おうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「善意」という名の最悪な侵略者、白き教団……。
そしてついに現れた、エルセと瓜二つの「白き巫女」。
ジーク様がどんなに物理で圧倒しても、システムの根幹からの「権限譲渡」という攻め方に、エルセ様が最大のピンチを迎えています!
「ジーク様のブチギレ具合が最高に頼もしい!」「偽エルセが不気味すぎる……」
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皆様の応援が、自分自身を奪われかけているエルセの「意志」を繋ぎ止める力になります。
次回、第25話は「神話の続きは、愛の記録から」。
第2章完結! エルセが「システム」が用意した完璧な自分を否定し、
「不完全で、ジーク様を愛する自分」を真実として刻み込みます。お楽しみに!




