第18話:虚無を刻む漆黒の万年筆
王都の空が、ねっとりとした「黒いインク」に覆われていく。
ヴォルガ帝国の皇帝、ヴォルガ・ディストピア。
彼が掲げた「漆黒の万年筆」から溢れ出すのは、魔力ではない。
すべてを「無」に帰す、圧倒的な虚無の権能だ。
「……エルセ。世界を創り替えるのがお前の役目なら、すべてを消し去るのが私の役目だ」
皇帝の声は、感情が抜け落ちたように平坦だった。
彼が万年筆を振るうたび、王都の建物が、民衆の悲鳴が、光さえもが、音もなく「黒い染み」となって消滅していく。
「な……っ!? 私の『記録』が……書き換えられない!?」
私は、震える手で銀のペンを握りしめた。
何度宙に『王都は守られる』と記しても、その文字は皇帝の黒いインクに触れた瞬間、跡形もなく掻き消されてしまう。
――事象の固定vs事象の抹消。
私の力が、初めて通用しない。
「無駄だ、エルセ。お前がどれだけ強固な『真実』を記そうと、私がそれを『無』だと定義すれば、世界はそれに従わざるを得ない」
皇帝が、私に向かって黒い万年筆を向けた。
巨大な虚無の奔流が、私を飲み込もうと押し寄せる。
「エルセッ!!」
絶叫と共に、私の前にジークヴァルト様が立ちはだかった。
彼は黄金の魔力を全身に纏い、その剣で虚無の奔流を受け止める。
「……ぐ、ぅ……ッ!!」
ジークヴァルト様の顔が、苦痛に歪んだ。
触れたものを消し去る虚無の力。彼の最強の魔力さえも、皇帝のインクに触れた箇所から、じりじりと「存在」を削り取られていく。
「ジークヴァルト様! ダメです、下がってください!」
「黙れ! 君を守るのが、私の『設定(生きる意味)』だ!
例え世界が消えても、私の愛だけは……この『虚無』にさえ、消させはしない!!」
ジークヴァルト様が、血を吐きながら叫んだ。
彼の「狂気的な愛」が、黄金の光をさらに輝かせ、皇帝の虚無を辛うじて押し止める。
――愛は、虚無を超えるのか?
いや、違う。
私は、彼の背中を見つめながら、自分の力の「本当の恐ろしさ」を悟った。
ラピス様が言っていた。私は「管理者」だと。
ならば、皇帝は「削除機能」。
私が「存在」を記すなら、彼は「不在」を記す。
……だったら。
「……ジークヴァルト様。私、分かりましたわ」
私は、彼の黄金の光の中に、そっと自分の銀の魔力を流し込んだ。
二つの光が混ざり合い、白金の輝きへと変わる。
「え……? エルセ、何を……っ」
「皇帝が『無』を記すなら。私は、その『無』さえも……私の物語の『一部』として、記録して差し上げますわ」
私は、宙にペンを走らせた。
今度は『守る』のではない。
『三月二十五日。皇帝の放った虚無は、白銀の物語に「美しい余白(空白)」として、取り込まれた』
一文字。
書くたびに、皇帝の黒いインクが、私の銀のペンに吸い込まれていく。
『皇帝よ。貴方の「消し去る力」は、私の物語を際立たせるための、ただの背景に過ぎない。
貴方が「無」を記せば記すほど、私の「愛」の記録は、より鮮やかに世界に刻まれる』
「な……!? 馬鹿な……! 我が『虚無』が、吸い取られていく……!?」
皇帝が、初めて驚愕に顔を歪めた。
彼が万年筆を振るえば振るうほど、その黒いインクはエルセのペンの「下地」となり、彼女が記す白金の文字を、より美しく、より強固な「真実」へと変えていく。
「……ククッ、ハハハハハ! 最高だ、エルセ!
君は、皇帝の力さえも、自分の『愛の記録』の材料にしてしまったのか!」
ジークヴァルト様が、心底愉快そうに、そして心底惚れ直したように笑った。
彼は白金の光を纏った剣を掲げ、皇帝へと突進する。
「皇帝! お前の『無』は、今ここで、エルセによって『永遠の愛の背景』として確定された!
……さあ、その『背景』に、相応しい死に顔を記録させてやろう!」
白金の光が、皇帝を貫こうと煌めいた。
最強の敵、皇帝。彼が放った究極のざまぁ(虚無)が、エルセの「愛の定義」によって、逆に「愛を引き立てる道具」へと変わる瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「虚無」さえも「愛の背景」として記録してしまう、エルセ様の圧倒的な「管理者」としての権能!
「皇帝の力が通用しない!?」「ジーク様の愛が重すぎて泣けた!」
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次回、第19話は「皇帝の最期、そして『真実の楽園』」。
ついに皇帝が消滅し、世界は真の平和を迎えます……が。
エルセの力が「世界規模」になったことで、彼女の中に「新たな変化」が起こり始めて……!? お楽しみに!
明日からは1日1話の投稿予定です。




