第16話:神を殺す刺客と、獅子の逆鱗
夜の帳が下りた離宮。
静寂を切り裂いたのは、微かな金属の擦れる音だった。
ヴォルガ帝国が放った、対神特化の暗殺部隊『影を喰らう者』。
彼らは魔力を完全に遮断する特殊な外套を纏い、神聖な書庫から戻ったばかりの私たちが休む寝室へと、音もなく侵入していた。
「……ターゲット、確認」
闇の中から放たれたのは、触れた瞬間に魂を凍結させるという「禁忌の魔毒」が塗られた短剣。
それは、ベッドでジークヴァルト様の腕に抱かれている私の喉元へ、一直線に伸び――。
――ガキンッ!!
耳を刺すような衝撃音と共に、短剣が火花を散らして弾け飛んだ。
「……私の睡眠を邪魔するとは、いい度胸だな。ゴミ掃除の時間にはまだ早いぞ」
ジークヴァルト様の声が、地の底から響くような重圧を伴って、暗闇の中に染み渡る。
彼は私を片腕でしっかりと抱き寄せたまま、もう片方の手を虚空へ向けた。
瞬間。
寝室の温度が急激に上昇し、黄金の魔力が爆発的に吹き荒れる。
「な……!? 魔力を遮断しているはずだ! なぜ、感知できる!」
闇からあぶり出された数人の暗殺者たちが、驚愕に声を上げた。
「魔力? そんなもの、今の私には必要ない。
エルセが『私は愛されている』と記したこの場所で、彼女に牙を剥くこと自体が……この世界の『理』に反しているんだよ」
ジークヴァルト様の黄金の瞳が、暗闇の中で獣のように爛々と輝く。
彼の「獅子の逆鱗」に触れた者は、この世で最も残酷な結末を迎える。
「エルセ、目を閉じていろ」
「……いいえ、ジークヴァルト様。私、逃げたくありません」
私は、彼の腕の中で銀のペンを握りしめた。
震えていた指先は、今はもう、確かな熱を帯びている。
「彼らは、私を殺しに来ました。……ならば、彼らの『役割』も、私が決めて差し上げます」
私は闇の中で、宙に文字を綴った。
紙などいらない。世界そのものが、今の私のキャンバスなのだから。
『三月二十四日。離宮に侵入した「悪意」は、その形を失った』
銀色のインクが、虚空を踊る。
『彼らは、二度と人を傷つける刃を握ることはできない。
今日から彼らは、この離宮の庭に咲く「喋る案山子」として、永遠に不法侵入への警鐘を鳴らし続ける存在となる』
「な……が、ふ、ふぎゃぁぁぁっ!?」
暗殺者たちの悲鳴が、一瞬で木製の軋む音へと変わった。
彼らの筋肉は硬い木材へと変質し、その精巧な暗殺具は、鳥が羽を休めるための止まり木へと書き換えられていく。
数秒後。
そこにあったのは、無残に砕かれた暗殺者の姿ではなく……。
なんとも滑稽な、麦わら帽子を被った数体の案山子だった。
「…………」
静寂が戻った部屋で、案山子たちが「不法侵入……ダメ……絶対……」と、情けない声で呟き始めた。
「……ククッ、ハハハハハ! 案山子か! エルセ、君は本当に、最高のユーモアを持っているな!」
ジークヴァルト様が、心底愉快そうに私を抱き上げ、その額に深い接吻を落とした。
先ほどまでの凄まじい殺気はどこへやら、今の彼は、愛する女性の「悪戯」を称える恋人の顔をしていた。
「殺すよりも残酷だ。彼らは死ぬこともできず、永遠にこの庭で、自分の失態を晒し続けることになるのだから」
「……あんなに素敵な庭を、血で汚したくなかったのですわ」
私が微笑むと、ジークヴァルト様は私を再びベッドへと押し倒した。
彼の瞳に、案山子への興味はもう一欠片もない。
「さて、邪魔者は消えた。……続きをしようか、エルセ。
君が私の『愛』を確定させてくれたおかげで、私の体は今、君を求める衝動で破裂しそうなんだ」
「じ、ジークヴァルト様……っ」
夜は、まだ始まったばかりだった。
その頃。
王宮の地下牢に、浮浪者となったジュリアンとメリーナが「不法侵入者」として捕らえられていた。
「私は王子だ!」「私は聖女よ!」と叫ぶ彼らの前で、牢の鍵がガシャンと音を立てて消滅した。
エルセの記録から「彼らの居場所」が抹消された結果、彼らは誰にも気づかれず、誰にも助けられない、文字通りの「歴史の空白」へと落ちていったのだ――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「神殺し」の暗殺者が一瞬で「喋る案山子」に!
エルセ様の権能、もはや神の遊びの域に達しつつありますね(笑)
そしてジーク様の独占欲と糖度も、上限を突破しております!
「案山子の断末魔に笑った!」「ジーク様の甘い攻めがたまらない!」
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次回、第17話は「王宮崩壊、そして真実の戴冠」。
ついに現国王が完全に消滅し、王都の民衆がジークヴァルトとエルセを「真の統治者」として迎え入れます。
しかし、帝国が「最後の禁じ手」を使おうとしていて……!? お楽しみに!




