第12話:帝国の傲慢な使者と、獅子の鉄槌
離宮の謁見の間に、不遜な軍靴の音が響き渡った。
ヴォルガ帝国からの使者、ガルト伯爵。
彼はジークヴァルト様に対しても形式ばかりの礼しかせず、ぎらついた欲望を隠そうともせずに私を凝視している。
「……なるほど。これが噂の『銀髪の記録官』か。確かに、一国の宝にふさわしい容姿だ」
彼は値踏みするように私を上から下まで眺め、鼻で笑った。
「ジークヴァルト殿下。単刀直入に申し上げよう。我が皇帝陛下は、この娘を欲しておられる。
今すぐ我が帝国に引き渡せ。さもなくば、我が国の誇る『鋼鉄騎兵団』が、この貧相な領地を灰にすることになるだろう」
――宣戦布告。
しかも、私という一人の令嬢を「物」として要求するための。
私の横で、セラフィナ様が剣の柄を握り、指が白くなるほど力を込めているのが分かった。
だが、それ以上に恐ろしいのは――。
「……ガルトと言ったか。お前、今、自分の命の期限を自分で書き込んだな」
ジークヴァルト様の声は、驚くほど静かだった。
けれど、室内の温度は一気に氷点下まで下がり、窓ガラスがピキピキと音を立てて凍りついていく。
「ほう、脅しか? だが、この国はエルセという女を失ってから、崩壊の一途を辿っていると聞く。
魔法陣は動かず、食糧も尽きかけている。そんな死に体の国に、我が帝国と戦う力があるとお思いか?」
ガルト伯爵は私に向かって、傲慢に手を差し出した。
「さあ、来い、エルセ。ゴミのような第一王子や、野蛮な第二王子の元にいるより、帝国の『観賞用聖女』として生きた方が幸せだぞ」
私は、静かに一歩前へ出た。
ジークヴァルト様が止めようとしたが、私は彼の手をそっと握り、微笑んで首を振った。
「……ガルト様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 命乞いか?」
「いいえ。帝国の『鋼鉄騎兵団』が誇るその鎧と武器……それらは、帝国が『不滅の硬度を持つ』と、歴史に記録されているからこそ強いのですよね?」
「当たり前だ! 我が国の鋼は、世界一の強度を誇る。それは不変の事実だ!」
「……そうですか。では、その『事実』。私が、書き換えて差し上げますわ」
私は愛用の銀のペンを抜き放ち、左手の手帳を開いた。
ガルト伯爵が「何を……?」と呆気に取られる中、私は迷わずペンを走らせる。
『三月二十二日。ヴォルガ帝国の誇る鋼鉄は、エルセの筆跡によってその定義を失った』
魔力が、銀の奔流となって手帳から溢れ出す。
『帝国の武器と鎧は、今日から一週間の間、すべて「乾燥したパスタ」と同等の強度となる。
――私の大切な人を、脅した罪の報いです』
書き終えた瞬間。
離宮の外から、凄まじい金属音が響いた。
ガルト伯爵が連れてきた精鋭護衛たちの、重厚な鎧。
それが、自分の体重に耐えかねて「パキパキ」と音を立てて砕け、粉々に散っていったのだ。
「な……!? な、なんだ!? 私の剣が、剣が折れた!?」
ガルト伯爵が腰の剣を抜こうとした瞬間、鞘の中で剣が粉々に粉砕された。
ただの乾燥パスタのような、脆い破片となって。
「ば、馬鹿な……! あり得ん! 我が国の誇る鋼が……っ!」
「これで、お帰りの道中も安心ですわね。何しろ、あなたの鎧はもう、小石が当たっただけで粉砕されますもの。……あ、お帰りの馬車も、車輪の軸がパスタになっているかもしれませんわ」
私は、にっこりと微笑んだ。
初めて、自分の力で「悪意」を真正面から叩き潰した。
「……ククッ、ハハハハハ!」
ジークヴァルト様が、愉快そうに、そして心底愛おしそうに爆笑した。
「聞いたか、ガルト。これがお前の侮った『無能令嬢』の力だ。
……一週間、パスタの武器で我が国を攻めてみるか? セラフィナ、この男を国境まで追い出せ。鎧が砕けないよう、優しく、な」
「はっ! 喜んで、殿下! ……さあ、パスタ伯爵。出口はこちらですわ!」
セラフィナ様に引きずられ、半狂乱で叫びながら退場していく使者。
静かになった謁見の間で、ジークヴァルト様が私を背後から抱きしめた。
「エルセ、君は……。本当に、私の想像をどこまでも超えていくな」
「……少し、やりすぎましたか?」
「いいや、最高だ。君のペン一つで、帝国の軍隊を無力化した。……だが、困ったな。君が有能すぎて、ますます目が離せなくなった」
彼は私のうなじに、熱い口づけを落とした。
「覚悟しろ、エルセ。もう、世界のどこへも君を離さない。たとえ神が君を求めても、私はその神すらも『パスタ』にしてやるからな」
私は顔を赤くしながら、彼の腕の中で小さく頷いた。
その頃。
帝国本国では、出撃を待っていた数万の騎兵団の鎧が、一斉に砕け散るという未曾有のパニックが起きていた。
エルセ・フォン・アルメット。
その名が「世界で最も怒らせてはいけない女性」として刻まれるのは、もうすぐのことだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「鋼鉄をパスタに書き換える」というエルセの斜め上の解決策、いかがでしたか?
これぞエルセ流、平和的(?)かつ徹底的な「ざまぁ」です!
「パスタ伯爵に笑った!」「ジーク様の『神もパスタにする』発言最高!」
と思っていただけたら、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】やブックマークをいただけると、ミラもノリノリで執筆を続けられます!
あなたの評価が、帝国の「不運」をさらに確定させます(笑)
次回、第13話は「ラピスの暴走と、失われた記憶の断片」。
ラピスが「パスタになった鋼」のサンプルを求めて戦場(?)へ向かい、そこでエルセの力の「意外な秘密」を発見することになります。お楽しみに!




