光と毛玉の秘密の約束
カレンの指先がクロティアの柔らかい毛に触れると、彼は思い出すように手を引いた。
赤い瞳に、懐かしさ、後悔、そして自分でも気づいていない依存が渦を巻いていた。
「昔の毛玉ちゃんは、いつも魔力結晶を盗んでいたんだ」
柔らかい声で彼が笑うと、毛玉の姿をした少女は、そっと手の甲に頭を擦り寄せた。
ただの下級魔物のふりを徹底する。
心の中では、彼女はこう確かめていた。
自分はゲーム世界に転生した、まだ五歳の悪役令嬢クロティアだと。
生まれた瞬間から、この悲しい運命を背負う魔界第二王子・カレンを守りたいと決めていた。
彼のそばにいるため、彼女は毎晩こっそり屋敷を抜け出し、赤い毛玉に変身してダンジョンで修行している。
だがいつもハラハラしていた。
祖父が鋭すぎて、いつ夜中に部屋にいないことがバレるか分からないのだ。
カレンは彼女の毛を優しく撫でた。
「君は、あの子より利口だね。ちゃんとせがんでくる」
彼はポケットから透明な結晶を取り出した。
先日くれた金色の結晶より小さいが、優しい光をたたえている。
「これは月光石の結晶。安心させてくれる。
夜、核心室は寒いから、持っていれば暖かいよ」
クロティアはすぐに毛で結晶を包み込んだ。
冷たい感触なのに、不思議と心が安らいだ。
ふと思い出す。
昨日も夜中にこっそり屋敷を抜け出し、ダンジョン奥まで修行しに行き、明け方に戻った時、カレンが結晶の隣で丸まって眠っていた姿を。
尊い魔界第二王子なのに、暖かい寝室一つなく、夜露でマントが濡れていた。
彼は夜さえ、この冷たくて寂しい核心室で過ごしているのだ。
思わず彼女はコロンと近づき、結晶の冷たさを残した毛で彼の手首を擦った。
カレンはよけることなく、低い声で続けた。
「兄さんは、昔から僕が嫌いだ。
僕の魔力は『屑適正』だって。
父様のように闇を操ることも、兄さんのように炎を使うこともできないから」
指先が無意識に地面を叩く。
「でもね、僕の魔力は、結晶の言葉が聞こえるんだ」
クロティアはびくりと耳を立てた。
「ほら」
カレンが黒い結晶に指を添える。
今まで流れていた銀色の紋が急にゆっくりになり、まるで話を聞いているように揺れた。
カレンが低く囁く言葉はクロティアには聞こえなかったが、結晶に新しい文字が浮かんだ。
【本日の核心温度:37℃ 安定】
「ちゃんと報告してくれるんだ」
カレンは少し得意げに、子供が秘密を見せるように笑った。
「みんなはただのデータの石だと思ってるけど、違うんだ。
痛みも、疲れも知っていて、迷子の魔物の子を隠してくれたりもする」
結晶の底の細い隙間を指さす。
「先月、生まれたばかりのシャドウネズミが落ちたことがあった。
結晶は一生懸命、流れを遅くして、子を潰さないようにしてくれた。
三日かけて助け出したんだ」
クロティアは、あの冷たい結晶が急に愛おしく感じた。
カレンが毎日光を作っているのは、暇つぶしだけじゃなく、結晶と話すためだったのかもしれない。
「この子に、夜って名前をつけたんだ。
喜んでくれたよ」
黒い結晶が二回、優しく輝いて応えた。
その日の午後、カレンは小動物を作ることはせず、ずっとクロティアに夜のことを話してくれた。
いじめられた時、夜が温かい紋で慰めてくれたこと。
魔物の足音を真似てくれたこと。
熱が出た時、夜が一生懸命、温かい膜を作ってくれたこと。
クロティアは静かに聞きながら、時々毛で手を擦って返事をする。
この無口な魔界第二王子は、本当はたくさん話したかったのだと分かった。
毎晩こっそりダンジョンに忍び込むこの赤い毛玉だけが、彼の唯一の聞き手になっていた。
だが心は常にドキドキしていた。
祖父はあまりにも鋭い。
こんなに毎晩抜け出していたら、いつか絶対にバレる。
夕日が沈む頃、カレンは立ち上がろうとした。
立ち去る前に、しゃがんで赤い毛玉を見つめ、柔らかい声で約束した。
「明日、蜂蜜持ってくる。光のお花を作ってあげる」
クロティアは一生懸命頷いた。
彼は優しく笑い、そっと部屋を去った。
いつもより軽い足音で、マントの裾がそよぐ。
カレンの気配が完全に消えてから、クロティアは慎重に人間に戻った。
まだ五歳の小さな少女。
彼女はそっと黒い結晶の前に走り、小さな指先を添えて小さな声で呼んだ。
「夜?」
結晶の紋が一瞬止まり、赤い文字が浮かんだ。
【毛玉?】
クロティアはびっくりして、嬉しくなった。
「本当に言葉がわかるの!」
【わかる。だがカレンの魔力がないと、はっきりと話せない】
【君には、カレンの魔力の残りが薄くついている。優しい温もりだ】
クロティアの頬がほんのり赤くなった。
「カレンが、あなたは痛いって言ってたの?」
【痛い。前に大王子が剣で殴った時。すごく痛かった】
【カレンが泣きながら、僕の傷を魔力で縫い合わせてくれた】
クロティアの胸が締め付けられた。
小さな指で結晶を優しく撫でる。
「私、あなたもカレンも守る。絶対に」
彼女は心に決めた。
毎晩こっそり屋敷を抜け出し、祖父にバレるリスクを背負ってでも、必ずカレンのそばに来る。
だがこの秘密は、誰にも絶対にバレてはいけない。カレンにさえ。
結晶はしばらく沈黙した後、ぎこちないながらも笑顔の紋を浮かべた。
【うん】
その夜、クロティアは修行に行かず、夜とたくさん話をした。
カレンが毎日明け方から核心室にいるのは、兄がわざと寒い時間帯に監視を押しつけるから。
カレンの魔力は実はとても強いが、乱暴に扱えないために評価が低いこと。
カレンが奥にたくさんの光の動物を隠していて、「大切な人」に渡そうと待っていること。
「昔の毛玉ちゃんのことを待ってるの?」
クロティアが小さく聞いた。
【違う】
【カレンは言っている。昔のは失った。だから今を大切にする】
クロティアの胸が、小さな鹿が跳ねたように強く鼓動した。
翌日の昼。
彼女は使用人たちの目を盗み、部屋の一番隠した場所に隠れて、こっそり令牌を作った。
まだ小さすぎて彫刻刀など使えない。
指先で少しずつ磨き、捏ね、音が出ないように極限まで小さく動いた。
祖父にも、誰にもバレてはいけない。
不器用でも一生懸命、魔力結晶を小さな板に磨き上げ、
弱い魔力で、コロコロ転がる赤い毛玉と、小さな光の花を彫った。
最後に、彼女の全ての安心を込めて、たった一つの魔法を刻み込んだ。
――危険を感じたら、かすかに光ること。
全てが極秘のまま、息を殺して作り上げた。
終わるとすぐに令牌を隠し、夜中、屋敷が完全に寝静まるのを待った。
祖父の鋭い瞳を思い出すだけで緊張した。
今夜、バレるかもしれないと。
夜が来て、彼女は再び赤い毛玉に変身し、コロコロと核心室まで戻った。
カレンはすでに待っていて、結晶の隣に座り、小さな木の箱を持っていた。
「来てくれたね」
彼は赤い毛玉が転がってくるのを見て、目を輝かせた。
箱を開けると、透明で甘い蜂蜜が入っている。
「昨日のイチゴジャムは間に合わなかった。今日、光のお花を作ってあげる」
彼は一筋の光を摘み、蜂蜜の甘さを混ぜながら、ゆっくりと花の形に作っていく。
ピンク色の光の花は、金色の縁をたたえ、クロティアの残した槐花の甘い香りが漂っていた。
「食べてごらん」
クロティアは恐る恐る毛で花に触れた。
光は甘く柔らかい温もりになり、毛の中から体に染み込んでいく。
どんな魔力結晶よりも、心地よかった。
嬉しくてコロコロと二回転がり、赤い毛が炎のように揺れた。
カレンは彼女の様子を見て、笑顔がますます柔らかくなる。
次々と丸い花、星の花を作り、彼女の前に並べた。
その時、クロティアは突然、自分の小さな収納袋までコロンと転がっていった。
毛で袋の口を開け、こっそり作った結晶の令牌を転がり出させ、
一生懸命カレンの前まで押していった。
カレンは固まった。
彼は小さな令牌を拾い上げ、指先で不器用で愛らしい紋をなぞった。
コロコロの赤い毛玉。隣に小さな光の花。
令牌は温かく、弱い魔力の残りが残っていた。
「これは……」
赤い瞳に驚きが浮かんだ。
クロティアはただ首をかしげ、毛で指を擦り寄せた。
まるで「いいもの拾ったからあげる」と言わんばかりの無邪気な姿。
カレンは自然に、これがダンジョンで失敗した冒険者が落としたものだと思い込んだ。
この優しい魔物が拾って、自分にくれたのだと。
指先を少し締め、令牌を掌に握る。
すると、令牌がかすかに光った。
優しく、安心させるように。
「……光るのか」
カレンは小さく呟いた。
「危険を感じたら、光るの?」
クロティアは一生懸命頷き、チュッと鳴いた。
カレンは目の前の赤い毛玉を見て、胸が熱くなった。
これが、目の前の小さな子が世界中に隠れてこっそり作ってくれたものだとは知らずに。
ただ、優しい魔物が自分の宝物をくれたのだと思っていた。
「ありがとう」
カレンの声は限りなく柔らかかった。
「ずっと、大切に持っているよ」
彼は慎重に令牌を胸元にしまい、槐花の蜂蜜の隣に置いた。
その日の午後、カレンは槐花の蜂蜜で光の熊を作った。
小さな熊は蜂蜜の壺を抱え、愛らしかった。
彼はそれをクロティアの前に置いた。
「君に、あげる」
光の熊はくるんと一回転し、彼女の毛の上に乗って甘えた。
クロティアの胸は、幸せでいっぱいになった。
こうしてずっとカレンのそばにいられるなら、正体をバラさないままでいられるなら。
毎晩祖父にバレるリスクを背負って抜け出し、こっそり信物を作っていても、全部価値がある。




