第8話 現場判断は控えてください
「……控えられると思います?」
アオイは、会議室のホワイトボードを見ながら言った。
そこには大きく、こう書かれている。
現場判断は控えてください
「書いてあるからな」
カンザキが即答した。
「控えるべきです」
会議室には、第七運用課の面々が揃っていた。
珍しく、対策会議という名目だ。
「最近、現場判断が多すぎます」
カンザキは資料を叩く。
「マニュアル逸脱率が上昇しています」
「逸脱、ねえ」
シラベが椅子にもたれながら言った。
「助かってるじゃん」
「結果論です」
カンザキは感情を乗せない。
「属人的対応は、再現性がありません」
「再現性より、今じゃない?」
「今を優先すると、後が壊れます」
アオイは、二人を交互に見た。
「……えっと」
「アオイ」
クロガネが口を挟む。
「今は聞いてろ」
「具体例を出します」
カンザキが端末を操作する。
「昨日の案件。
シラベ先輩の現場判断により、被害は回避されました」
「でしょ?」
シラベが笑う。
「ですが」
カンザキは続ける。
「同条件で、再現できません」
「勘だからね」
シラベはあっさり言った。
「勘は、記録できません」
「できないものもあるよ」
「制度では扱えません」
「じゃあさ」
シラベは身を乗り出す。
「マニュアル通りにやって、失敗したら?」
「想定内です」
「人が消えたら?」
「軽微でなければ、報告します」
「基準は?」
「明文化されています」
アオイは、思わず口を挟んだ。
「……でも」
二人がこちらを見る。
「マニュアル通りにやって、
“もっと悪くなる”こと、ありますよね」
一瞬、空気が止まった。
「それは」
カンザキが答える。
「手順が完全ではなかった可能性です」
「……完全って」
「最新版に従っていなかった」
その時、端末が鳴った。
案件通知
禁忌魔術 使用要請
条件:緊急/判断猶予なし
「来たね」
シラベが立ち上がる。
「現場で決めよう」
対応室。
今回は、明らかに時間がなかった。
「……マニュアル」
アオイは必死にページをめくる。
「最新版は……」
「いい」
シラベが言う。
「見なくて」
「えっ」
「現場判断は控えてください」
背後から、カンザキの声。
「マニュアルに従ってください」
「今!?」
シラベは、一瞬だけ目を閉じた。
「……大丈夫」
詠唱が始まる。
途中で、詠唱を少し省いた。
「それ、手順違反です!」
カンザキが叫ぶ。
魔法陣が光る。
強く、安定して。
音も、澄んでいた。
空気が、綺麗に整う。
「……成功」
アオイが呟く。
「記録を」
カンザキがすぐに言う。
アオイは、手を震わせながら書く。
・使用結果:成功
・手順:一部省略
・理由:現場判断
書き終えた瞬間、端末が鳴った。
改訂通知
第4.8版
第11条 詠唱
「省略は原則不可」
「……今!?」
「ほら」
カンザキが言う。
「これが問題です」
「今、成功したよ?」
シラベが言い返す。
「再現できません」
シラベは、少し黙った。
「……前は」
「前?」
「考えなくても、できた」
その言葉に、アオイは引っかかった。
「……今は?」
シラベは、笑ってごまかした。
「今もできてるでしょ」
クロガネが、ぽつりと言う。
「属人性はな」
全員が見る。
「管理できねぇ」
「だから」
「嫌われる」
会議室に戻る。
「結論として」
カンザキが言う。
「現場判断は、極力控える」
「……はい」
アオイは頷いた。
その夜。
個人メモ。
・現場判断=成功率が高い
・でも、制度では異物
・属人性が、排除され始めている
書き終えたところで、シラベが声をかけた。
「ねえアオイ」
「はい」
「さっきのさ」
少しだけ、真面目な声。
「次も、できると思う?」
アオイは、答えられなかった。
その瞬間、改訂通知。
改訂通知
第4.9版
表現修正
「現場判断は控えてください」
↓
「現場判断は禁止します」
アオイは、画面を見つめた。
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