第7話 禁止事項を確認してください
「……これ」
アオイは、マニュアルを机に置いた。
「守れます?」
「守れるだろ」
クロガネ課長は即答した。
「全部は無理だ」
「ですよね!?」
その日の案件は、珍しく事前申請ありだった。
「珍しいですね」
アオイが言う。
「講習会の効果だな」
シラベが笑う。
「ちゃんと怖がるようになった」
申請書を確認する。
・使用目的:自己防衛
・使用予定時刻:本日
・使用者の心身状態:良好
・禁止事項確認:済
「……“済”」
アオイは眉をひそめた。
「全部?」
「全部です」
申請者は自信満々に言った。
「では」
アオイは読み上げる。
「第20条。
以下の行為を固く禁じる」
指でなぞる。
「寝不足での使用。
強い感情下での使用。
曖昧な目的での使用。
マニュアルの解釈違い。
現場判断による独自対応……」
アオイは顔を上げた。
「……どれも、当てはまりません?」
申請者は少し考えてから言った。
「……大丈夫だと思います」
「“思います”?」
アオイは聞き返す。
「はい」
「それ、禁止です」
「え?」
「“思う”は主観です」
シラベが吹き出す。
「それ言ったら、全部主観じゃん」
「……ですよね」
アオイは頭を抱えた。
「じゃあ、使えないんですか?」
申請者が不安そうに聞く。
「理屈上は」
アオイは正直に言った。
「はい」
クロガネが口を挟む。
「使うか?」
申請者は迷った。
「……使います」
「じゃ、使え」
「え」
「ええと!」
アオイは慌てる。
「それ、禁止事項に……」
「違反してから止めろ」
クロガネは言った。
「予防じゃねぇ」
「……現場判断ですか?」
アオイが聞く。
「そうだ」
「禁止事項に、現場判断禁止って……」
「だから面倒なんだ」
使用が始まる。
申請者は、かなり慎重だった。
慎重すぎた。
「……」
「……」
詠唱が止まる。
「あの……」
申請者が言う。
「失敗しましたか?」
魔法陣は、光らなかった。
音も、しなかった。
「……失敗、ですか?」
アオイが聞く。
シラベは首を傾げる。
「うーん」
「何も起きてないですけど」
「でも」
シラベは言った。
「違反もしてない」
「……あ」
アオイは気づいた。
「成功条件を満たしてないけど……」
「失敗条件も満たしてない」
「……グレー?」
クロガネが頷く。
「だから、禁忌だった」
「危ないからじゃない……」
アオイが呟く。
「説明が追いつかない」
申請者は、不安そうに聞いた。
「じゃあ、どうなるんですか?」
クロガネは答えた。
「もう一回やれ」
「えっ」
今度は、少しだけ感情を込めた。
魔法陣が、光った。
音もした。
空気が、変わった。
「……成功?」
アオイが言う。
シラベが親指を立てる。
「概ね」
「では……」
アオイは報告書を書く。
・使用結果:概ね成功
・禁止事項:一部違反
・備考:違反がなければ発動せず
書き終えた瞬間、違和感が走る。
「……これ」
「ん?」
「違反しないと、使えない」
クロガネは立ち上がった。
「そうだ」
「じゃあ、禁止事項って……」
「使い方の説明だ」
その日の終わり。
端末に通知が届く。
改訂通知
第4.7版
第20条 禁止事項
注釈追加
「一部違反は、やむを得ない」
アオイは、無言で画面を閉じた。
個人メモ。
・禁止事項=回避不能
・守ると発動しない
・違反前提の制度
書き終えたところで、シラベが言った。
「ねえアオイ」
「はい」
「これさ」
笑いながら。
「ちゃんと守ってる人が、一番危ないね」
アオイは、その言葉を否定できなかった。
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