第35話 増やさないでください
それは、反対意見というほど強いものではなかった。
「……ひとつだけ」
アオイは、会議の終わり際に言った。
誰も、驚かなかった。
この場で誰かが何かを言うのは、珍しくない。
「追記の話ですが」
アオイは、ゆっくり続ける。
「今後も」
言葉を選ぶ。
「検討は続けるんですよね」
「もちろんです」
カンザキは、穏やかに答えた。
「説明のために」
「現場の負担を減らすために」
「……はい」
アオイは、頷いた。
一拍、間を置いてから言う。
「増やさないでください」
空気が、止まった。
怒りはない。
責める声でもない。
ただ、
静かすぎて、誰もすぐに言葉を返せなかった。
「……何を、でしょうか」
カンザキが、慎重に聞く。
「言葉を」
アオイは答えた。
「分類を」
「説明を」
「これ以上」
「……増やさないでください」
「理由を、聞いても?」
アオイは、少し考えた。
「増えると」
言葉を探す。
「拾えない人が、増えます」
誰かが、息を吸った。
「今でも」
アオイは続ける。
「拾えていません」
「でも」
「これ以上、線を引くと」
「線の外が、広がります」
カンザキは、すぐには答えなかった。
「……それは」
少しして言う。
「現状維持、という提案ですか」
「はい」
「代案は?」
アオイは、首を振った。
「ありません」
会議室が、静かになる。
「……分かりました」
カンザキは、ゆっくり頷いた。
「今日は」
そう前置きしてから言う。
「ここまでにしましょう」
誰も、反対しなかった。
対応室に戻る。
「言ったね」
シラベが言う。
「……言った」
「勇気いるやつ」
「勇気じゃない」
アオイは、首を振る。
「これ以上、できなかった」
午後。
問い合わせが、一件来た。
このケースは、
どこに分類されますか
アオイは、画面を見つめた。
分類表を、開かない。
「……個別です」
短く答える。
確定。
処理完了。
「ねえ」
シラベが、ぽつりと言う。
「今日のアオイ」
「うん」
「止めたよね」
「……止めた」
「進めなかった」
アオイは、少し考えた。
「進めると」
言葉を選ぶ。
「壊れると思った」
夜。
個人メモを開く。
・追記を止めた
・代案は出していない
・でも、線は引かなかった
最後に、一行。
・増やさないことも、仕事になる
端末を閉じる。
外は、変わらず静かだった。
正しく運用された世界。
その中で、
何も足さないという選択が、
ひとつ残った。
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