第34話 判断ではありません
「判断ではありません」
その言葉は、
今日だけで三回聞いた。
「分類です」
「整理です」
「説明の補助です」
カンザキは、穏やかな声で言う。
「判断という言葉を使わないだけです」
会議室の空気は、荒れていない。
誰も怒っていない。
誰も声を荒げていない。
だから余計に、
逃げ場がなかった。
「前回の案ですが」
カンザキが言う。
「条文化は見送ります」
「……はい」
誰かが頷く。
「ただし」
カンザキは続ける。
「対応の指針として」
アオイは、ゆっくり顔を上げた。
「“書かない”のではなく」
カンザキは、丁寧に言葉を選ぶ。
「“使わない”という扱いで」
画面に、簡単な表が映る。
ケースA:生活支障あり → 通常対応
ケースB:主観的変化のみ → 個別判断
「……個別」
シラベが、呟く。
「判断じゃないんですよね」
誰かが、確認するように言う。
「はい」
カンザキは、即答した。
「運用上の整理です」
アオイの喉が、少しだけ鳴った。
「課長」
アオイは、静かに言う。
クロガネが、視線を向ける。
「これ」
アオイは、画面を指した。
「誰が決めますか」
「現場だ」
「……それは」
アオイは、言葉を選ぶ。
「判断ではありませんか」
一瞬、沈黙が落ちる。
カンザキが、すぐに口を開いた。
「判断というより、選択です」
「……選択」
「基準はあります」
「分類もあります」
「ただ」
「最終的に、当てはめるだけです」
シラベが、椅子の背にもたれた。
「……それ」
「判断じゃないって言ってるだけ」
誰も、否定しなかった。
「言葉を変えると」
シラベは続ける。
「軽くなりますよね」
「軽くしたいんです」
カンザキは、正直に言った。
「重いと」
少し間を置く。
「続かないので」
その言葉は、
否定しづらい正論だった。
会議は、結論を出さなかった。
だが、
何かが“決まった”感覚だけが残った。
対応室に戻る。
「ねえ」
シラベが言う。
「今日のあれ」
「うん」
「判断じゃないって」
「……うん」
「言い続けたら」
シラベは、少し疲れた声で言う。
「判断じゃなくなると思う?」
アオイは、答えなかった。
午後。
問い合わせが、一件来た。
自分のケースは、
Aですか、Bですか
「……来たね」
シラベが、画面を見る。
「来た」
分類表を、開く。
ケースAでもない。
ケースBでもない。
「……当てはまらない」
「でも」
シラベは言う。
「当てはめろって言われてる」
アオイは、深く息を吸った。
「……個別判断」
言葉が、喉に引っかかる。
確定。
対応:不要
処理は、終わった。
「ねえ」
シラベが、ぽつりと言った。
「これ」
「うん」
「判断じゃないって言っても」
「……うん」
「選ばされた感じ、消えないね」
夜。
個人メモを開く。
・判断という言葉を避けている
・だが、行為は変わっていない
・言い換えは、責任を薄める
最後に、一行。
・軽くした分だけ、残る
端末を閉じる。
外は、今日も静かだった。
正しく運用された世界。
その中で、
判断ではない判断が、
静かに積み重なっていく。
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