第32話 追記を提案します
会議は、予定より早く始まった。
理由は特にない。
急ぐ必要も、なかった。
「今日は」
カンザキが言う。
「“問題”の話ではありません」
誰も、身構えなかった。
「問い合わせ対応の効率についてです」
スライドが映る。
仕様外案件:増加傾向
内容のばらつき:大
対応方針:属人的
「属人的、ですか」
誰かが呟く。
「はい」
カンザキは頷いた。
「悪い意味ではありません」
アオイは、資料を見つめていた。
「現場判断に委ねられている」
カンザキは続ける。
「だからこそ、混乱は起きていません」
「……じゃあ」
誰かが聞く。
「問題は?」
「ありません」
即答だった。
空気が、少し緩む。
「ですが」
カンザキは、言葉を足した。
「説明が難しい」
その一言で、
アオイの背中が、少しだけ強張った。
「問い合わせを受けた側が」
カンザキは続ける。
「毎回、言葉を選ばなければならない」
「それは」
別の職員が言う。
「大変ですね」
「はい」
カンザキは、柔らかく笑った。
「なので――」
少し間を置く。
「追記を提案します」
誰も、反論しなかった。
「追記?」
「仕様外案件の中でも」
カンザキはスライドを進める。
「傾向が見えるものについて」
画面に、仮の文言が映る。
例:
魔術使用後、
生活に大きな支障はないが、
主観的変化を訴えるケース
「……」
「これを」
カンザキは言う。
「説明用の補足として」
「判断ではありません」
すぐに付け加える。
「説明です」
アオイは、息を吸った。
「説明があると」
カンザキは続ける。
「現場が楽になります」
「問い合わせも減る」
「不安も減る」
「何より」
「誤解が減る」
どれも、正しかった。
「反対意見は?」
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……ひとつ」
シラベが、静かに手を挙げた。
「どうぞ」
「その文章」
シラベは、画面を見ながら言う。
「誰向けですか」
「問い合わせをした方です」
「それを読んだ人が」
少し間を置く。
「自分のことだと、分かりますか」
カンザキは、少し考えた。
「……分かると思います」
「分からなかったら?」
「その場合は」
カンザキは、迷わず答える。
「個別対応です」
「……」
アオイは、視線を落とした。
「追記があっても」
シラベは続ける。
「結局、誰かが判断しますよね」
「いいえ」
カンザキは、首を振る。
「判断ではありません」
「説明です」
その言葉が、
会議室に静かに落ちた。
「……課長」
アオイは、クロガネを見る。
クロガネは、しばらく黙ってから言った。
「案としては、悪くない」
「ですよね」
カンザキは、少し安心したように笑う。
「ただ」
クロガネは続けた。
「書けるかどうかは、別だ」
「……」
会議は、それ以上進まなかった。
結論も、出なかった。
対応室に戻る。
「ねえ」
シラベが言う。
「一番嫌なやつ来たね」
「……うん」
「正しいし」
「優しいし」
「断りにくい」
アオイは、端末を開いた。
一覧は、変わっていない。
「書けると思う?」
アオイは、首を振った。
「……書いた瞬間」
「うん」
「誰かが落ちる」
シラベは、何も言わなかった。
夜。
個人メモを開く。
・追記は善意
・説明のため
・判断ではないと言っている
最後に、一行。
・それでも、言葉は刃になる
端末を閉じる。
外は、静かだった。
正しく運用された世界。
その中で、
説明しようとする手が、
初めて伸びてきた。
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