第29話 誰も悪くありません
その言葉は、免罪符みたいだった。
「……誰も悪くありません」
カンザキは、淡々とそう言った。
会議室の空気は、穏やかだ。
「今回の件ですが」
カンザキが資料を映す。
「運用上、問題はありません」
スライドには、いつもの文字。
再現性:なし
影響度:軽微
仕様外
「……以上です」
「質問は?」
と聞かれたが、
誰も手を挙げなかった。
アオイは、資料を閉じた。
質問する言葉が、
見つからなかった。
対応室に戻る。
その日も、問い合わせは少ない。
数は少ないが、
似た内容ばかりだ。
・生活に支障はない
・ただ、前と同じではない
・説明できない
「これさ」
シラベが言う。
「全部、悪くないんだよね」
「……うん」
アオイは、頷く。
「使った人も」
「制度も」
「神も」
「私たちも」
「誰も」
しばらく、二人とも黙った。
「悪くないって」
シラベが続ける。
「楽な言葉だね」
「……楽」
「でも」
シラベは、少し声を落とす。
「引き受ける人、いなくなる」
午後。
一件の問い合わせが、
少しだけ長かった。
自分が間違えたわけじゃないのは分かっています。
制度も、あなたたちも悪くないと思います。
ただ、
誰に怒ればいいのか分からなくて。
アオイは、画面を見つめた。
返信文は、定型だ。
本件は仕様外のため、
対応は行われません。
「……これ」
アオイは、確定前に止まった。
「どうした」
クロガネが、後ろから言った。
「誰に怒ればいいのか」
アオイは、言葉をそのまま伝える。
クロガネは、少しだけ目を伏せた。
「……誰にも、怒れんな」
「それで」
アオイは、声を落とす。
「いいんですか」
クロガネは、少し考えた。
「“いい”かどうかは」
一拍。
「評価対象外だ」
確定。
処理完了。
「……終わり」
シラベが言う。
「終わり」
アオイも言った。
休憩室。
窓の外は、穏やかだ。
「ねえ」
シラベが言う。
「悪者がいたら、楽だったね」
「……うん」
「叩けるし」
「直せるし」
「でも」
アオイは、小さく言う。
「今は、誰も悪くない」
「だから」
シラベは、苦笑した。
「直せない」
帰り際。
クロガネが、いつものように聞く。
「問題は?」
アオイは、少しだけ間を置いた。
「……ありません」
「そうか」
エレベーターの扉が閉まる。
夜。
個人メモを開く。
・誰も悪くない
・だから、誰も責任を持たない
・それでも、何かは起きている
最後に、一行だけ書く。
・怒りが、宙に浮いている
端末を閉じる。
外は、静かだった。
正しく運用された世界。
そして今日もまた、
誰も悪くないまま、
何も解決しなかった。
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