第24話 世界は安定しました
朝の通知は、短かった。
運用報告
「世界は安定しています」
「……安定」
アオイは、その一文を見つめた。
対応室は、ほとんど使われなくなった。
案件は、来ない。
正確には、問題が発生しない。
「暇ですね」
誰かが言った。
「いいことだ」
別の誰かが答える。
シラベは、窓際の席に座っていた。
「……今日は、何もしなかった」
「うん」
アオイは頷く。
「私も」
「楽?」
シラベが聞く。
「……楽」
「じゃあ、いいじゃん」
会議室。
定例報告は、五分で終わった。
処理速度:最適
クレーム:なし
事故:なし
例外:なし
「完璧ですね」
誰かが言う。
「はい」
カンザキは、迷いなく答えた。
アオイは、資料を閉じた。
質問は、無かった。
質問する理由も、無かった。
昼休み。
廊下は、静かだった。
人はいる。
動いている。
でも、急いでいない。
「……変わりましたね」
アオイが言う。
「何が?」
クロガネが聞く。
「前は」
言葉を探す。
「……迷ってました」
「今は?」
「迷わない」
クロガネは、しばらく黙ってから言った。
「迷わない世界はな」
「はい」
「止まって見える」
午後。
中央記録管理室の前を通る。
今日も、扉は閉まっている。
表示灯は、緑。
「……中」
アオイは、独り言のように言う。
「誰か、いますかね」
「いない」
クロガネが答える。
「……でも」
アオイは、扉を見つめる。
「何かは、ありますよね」
クロガネは、否定しなかった。
端末が鳴る。
運用更新
「安定化モデル、本格運用へ移行」
「……本格」
アオイは、小さく息を吐いた。
その日の最後。
アオイは、個人メモを開いた。
・問題は起きていない
・誰も困っていない
・世界は、うまく回っている
最後の一行を、書くのに時間がかかった。
・それでも、少し静かすぎる
帰り際。
シラベが、ぽつりと言った。
「ねえアオイ」
「はい」
「これさ」
少し考えて。
「もう、物語じゃなくない?」
アオイは、答えられなかった。
夜。
最後の通知が届く。
最終報告
「世界は安定しました」
アオイは、画面を閉じた。
廊下の奥。
中央記録管理室。
誰も触れない扉の向こうで、
何かが、ずっと動かずに在った。
アオイは、振り返らなかった。
振り返る理由が、無かった。
世界は安定しました。
その言葉は、
祝福のようでいて、
終止符のようでもあった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
禁忌魔術が「特別な力」から「手順」へと変わっていく過程を描いてきましたが、
第24話で描かれた出来事は、この世界がある段階を越えたことを意味しています。
正しく、安全で、再現性がある。
その価値観は、多くの人を救います。
それ自体は、疑いようのない事実です。
けれど――
その裏側で、何が起きているのか。
この世界には、
「記録に残らない声」
「評価対象にならない違和感」
があります。
それらは、禁忌魔術の物語では、ほとんど描かれていません。
なぜなら、描かれる前に削られてしまうからです。
もし、
・なぜ“旧式”が最後まで完全には消えないのか
・なぜ神性は「補助要素」とされながら、切り捨てきれないのか
・そして、誰がその変化を一方的に見続けているのか
少しでも気になった方がいれば、
同じ世界の、もう一つの視点を覗いてみてください。
『神に転生したが、石像から動けない』を書き始めました。
そこにいるのは、
動けず、喋れず、拒否もできない神です。
禁忌魔術が完成に近づくほど、
彼は「正しく」扱われ、
そして、静かに役割を失っていきます。
これは、
禁忌魔術が語らなかった側の物語です。
※時系列は並行しています。
※どちらから読んでも成立します。
※ですが、ここまで読んだ今だからこそ、
見えるものがあります。
よければ、
「石像神」の方も、読んでみてください。
なお、こちらは1日1話の投稿となります。
ブックマークをして、楽しみにお待ちください。




