第20話 判断者は不要です
「……不要、ですか」
アオイは、その一文をもう一度読んだ。
運用方針改訂案
「判断者は、原則不要とする」
「原則、です」
カンザキが補足する。
「完全に、ではありません」
「……どこが残るんですか」
カンザキは、少しだけ間を置いた。
「残す理由がある場合です」
会議室。
今日は人数が少ない。
発言する人も、少ない。
「安定化モデルの成果は」
カンザキが淡々と続ける。
「想定以上です」
「事故ゼロ」
「例外ゼロ」
「判断工程ゼロ」
「……工程」
アオイは、ぽつりと呟いた。
「よって」
カンザキは、次のスライドを出す。
新運用案
・判断工程の撤廃
・確認工程の自動化
・人員の再配置
「……再配置」
アオイは、言葉をなぞった。
クロガネが、低く言う。
「誰を、どこにだ」
「判断者です」
カンザキは即答した。
「現場に置く理由がありません」
「……私たち」
アオイは、喉が鳴るのを感じた。
「何を、すればいいんですか」
「見守りです」
カンザキは言う。
「記録の確認」
「異常が“記録上”発生した場合の対応」
「……異常は」
アオイは、分かっていて聞いた。
「発生してませんよね」
「はい」
「……これからも?」
カンザキは、はっきり言った。
「発生しない前提で設計されています」
沈黙。
対応室。
試験運用が続いている。
詠唱。
光。
音。
空気。
結果。
すべて、即座。
「……早い」
シラベが呟く。
「私、何もしてない」
「していません」
カンザキが訂正する。
「正確には」
「?」
「する必要がありません」
アオイは、端末を見つめていた。
確定。
確定。
確定。
判断の入力欄は、もう無い。
「……課長」
アオイは、耐えきれず言った。
「これ」
「ん?」
「人、いりますか」
クロガネは、すぐには答えなかった。
「……今は」
「はい」
「要らねぇな」
アオイの胸が、少しだけ痛んだ。
その日の午後。
正式通達が出た。
運用方針改訂
「判断者は不要です」
「……です」
語尾が、妙に優しかった。
アオイは、資料を閉じた。
深呼吸してから、言った。
「……私」
誰も、遮らなかった。
「この運用」
少し、声が震える。
「全部を、正しいって書けません」
会議室が、静まり返る。
「理由は?」
カンザキが聞く。
責める口調ではない。
「……理由」
アオイは、少し考えた。
「分かりません」
正直に言う。
「でも」
一拍。
「書けないです」
長い沈黙。
カンザキは、頷いた。
「分かりました」
「……え?」
「あなたは」
カンザキは淡々と続ける。
「判断者に向いていません」
アオイは、何も言えなかった。
「ですが」
カンザキは、少しだけ言葉を選ぶ。
「設計上、問題ありません」
「……代わりが?」
「います」
カンザキは答えた。
「迷わない人が」
その言葉が、
アオイの胸に、静かに沈んだ。
会議は、そこで終わった。
廊下。
シラベが、小さく言った。
「……アオイ」
「はい」
「良かったね」
「……何が?」
「向いてないって」
シラベは、笑った。
「まだ人間ってことじゃん」
アオイは、笑えなかった。
その夜。
アオイは、個人メモを開いた。
・判断者は不要
・迷わない人が必要
・私は、選ばれなかった
最後の行に、しばらく悩んでから書く。
・でも、少し安心した
クロガネが、電気を消しながら言った。
「アオイ」
「はい」
「拒否したのは、正しい」
「……正しいですか」
クロガネは、肩をすくめた。
「分からん」
一拍。
「ただ、人間だ」
アオイは、その言葉を胸にしまった。
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