第16話 感情は記録対象外です
「……欄、無いですね」
アオイは、端末の入力画面を見つめて言った。
「無いな」
クロガネ課長は即答した。
画面の下部。
いつもあったはずの項目が、消えている。
・使用者の感情状態
・心理的影響
・主観的違和感
「……削除?」
アオイが聞く。
「はい」
カンザキが頷く。
「不要と判断されました」
「不要……?」
「数値化できません」
「……でも」
「扱えないものは、記録しません」
対応室。
今日も流れは速い。
「次の方」
詠唱。
光。
音。
空気。
「……成功です」
使用者は、少し戸惑った顔をしていた。
「……あの」
「はい」
「なんだか、変な感じが……」
アオイは、反射的に聞いた。
「どんな感じですか」
「……安心、なんですけど」
少し考えて。
「前より、軽い」
アオイは、入力しようとして止まった。
感情欄が、無い。
「……」
「記録を」
カンザキが促す。
「はい……」
・使用結果:成功
・異常:なし
・統合処理:完了
確定。
その瞬間。
使用者の表情が、さらに穏やかになった。
「……あ」
アオイは、気づいた。
「今、変わりましたよね」
「記録が確定しました」
カンザキが言う。
「処理完了です」
「……でも」
アオイは、声を落とす。
「この人、何か失ってません?」
「記録にありません」
カンザキは即答した。
「ですので、問題ありません」
昼前。
別の案件。
今度は、使用者が泣いていた。
「……怖かったんです」
「何が?」
「理由は、分かりません」
「感情の記録は」
カンザキが言う。
「不要です」
「……不要」
アオイは、歯を噛んだ。
詠唱。
光。
音。
空気。
「……成功です」
使用後。
使用者は、泣き止んでいた。
「……楽になりました」
「……何が?」
「分かりません」
アオイは、何も入力できなかった。
入力欄が、無い。
「……課長」
事務室に戻って、アオイは言った。
「これ」
「ん?」
「感情、消えてませんか」
クロガネは、しばらく黙ってから言った。
「消えたかどうかはな」
「はい」
「記録できなくなっただけだ」
午後。
シラベが、珍しく黙っていた。
「……どうしたんですか」
「ん?」
「今日、静かです」
シラベは、少し考えてから言った。
「……私」
「はい」
「前より、気にしなくなった」
「何を、ですか」
「……全部」
アオイは、背筋が冷えた。
端末が鳴る。
改訂通知
第6.5版
記録仕様変更
「感情に関する問い合わせは、対応不要」
「……対応不要」
アオイは、画面を見つめた。
その日の最後。
アオイは、個人メモを開いた。
・感情は記録されない
・記録されないものは、問題にならない
・問題にならないものは、消えていく?
クロガネが、帰り際に言った。
「アオイ」
「はい」
「人間ってのはな」
少しだけ、疲れた声で。
「記録されなくなってから、壊れる」
アオイは、何も言えなかった。
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