第1話 禁忌魔術の使用には、A-38様式を提出してください
禁忌魔術は、
使ってはいけないから禁忌なのではない。
管理できないから、禁忌だった。
そして管理できるようになった結果、
それは禁忌ではなくなった。
この物語は、
世界が壊れた話ではない。
世界が、
正しく運用されるようになった話だ。
「……ここ、で合ってるよな」
アオイ・ミナトは、建物の看板を見上げて小さく呟いた。
禁忌魔術管理局
第七運用課
文字だけ見れば立派だが、建物は古い。
壁の一部が妙に歪んでいるのは、補修の跡か、それとも――。
「いや、考えるな」
アオイは首を振り、ドアを開けた。
「おー、新人か?」
中に入るなり、だるそうな声が飛んできた。
デスクに肘をつき、紙束を枕にしている中年の男がこちらを見ている。
「今日から配属の、アオイ・ミナトです」
「クロガネだ。課長」
課長はそれだけ言うと、また紙束に顔を埋めた。
「……え?」
「まあ、ヨシ」
それが挨拶らしい。
「ねえ課長、新人?」
今度は、軽い声。
振り向くと、椅子の背もたれに逆向きで座っている女性がいた。
足をぶらぶらさせながら、アオイを値踏みするように見る。
「シラベ。先輩。たぶん」
「たぶん?」
「たぶん先輩」
アオイは何も言えなかった。
「配属初日だよね?」
「はい」
「じゃ、ちょうどいいや。デモやろっか」
「デモ、ですか?」
「禁忌魔術の」
アオイは固まった。
「えっ」
「落ち着け」
クロガネ課長が顔だけ上げる。
「今日は見るだけだ」
「……見るだけ、ですよね?」
「たぶん」
シラベが言った。
部屋の中央に、簡単な魔法陣が描かれていた。
周囲には安全柵――のようなものが置いてあるが、明らかに歪んでいる。
「で、アオイくん」
シラベが言う。
「マニュアル、持ってる?」
「はい!」
アオイは慌てて鞄から冊子を取り出した。
『禁忌魔術 使用標準手順書(暫定第3.7版)』
思ったより分厚い。
「じゃ、読んで」
「え、僕が?」
「新人の仕事」
クロガネが言った。
アオイは喉を鳴らし、ページを開く。
「……第10条、基本姿勢。
使用者は、背筋を伸ばし、深呼吸を三回行うこと」
シラベは言われた通り、深呼吸を始めた。
「一回……二回……三回……」
「四回目はダメですよ!」
「わかってるって」
「第11条、詠唱。
詠唱文は、定められた文言を一語一句正確に唱えること。
噛んだ場合は、最初からやり直すこと」
シラベは口を開いた。
「――ラ・メ・シ……」
少し噛んだ。
「あ、今」
「聞こえなかった聞こえなかった」
「え?」
「続行」
クロガネが言った。
詠唱が終わる。
魔法陣が、ぼんやりと光った。
「……成功、ですか?」
アオイが恐る恐る聞く。
シラベは首を傾げた。
「うーん……」
クロガネは腕を組む。
「光ったな」
「音も、しました」
「空気も、ちょっと変わった気がする」
三人が頷く。
「……じゃあ」
シラベがにっと笑った。
「だいたい成功だね」
「だいたい……?」
アオイはマニュアルをめくる。
「……第12条。
発動時、以下のいずれかが確認できた場合、『概ね成功』とみなす」
そこには、今言われたことが全部書いてあった。
「これ、正式用語なんですか……?」
「正式」
クロガネが言った。
「一番使う」
アオイは黙ってメモを取った。
「……あの」
「ん?」
「禁忌魔術って、もっと……危険なものじゃ」
クロガネは少しだけ目を細めた。
「危ないから禁止されてたんじゃねぇ」
「え?」
「面倒だったからだ」
シラベが笑った。
「説明するの」
その瞬間、魔法陣の端が少しだけズレた。
「……あ」
アオイが声を上げる。
「どうした?」
「今、ちょっと……」
「軽微だな」
クロガネが言った。
「第15条」
シラベがマニュアルを指で叩く。
「軽微な異常」
「……記録、残しますね」
アオイは震える手でペンを握った。
・発動結果:概ね成功
・軽微な異常あり(詳細不明)
書き終えた瞬間、背後で紙が積み上がる音がした。
改訂通知だった。
「……これ」
アオイは小さく呟いた。
「誰が“正しい”って、決めてるんですか?」
クロガネは立ち上がり、アオイの肩を軽く叩いた。
「いい質問だ」
「答えは――」
少し間を置いて、言った。
「マニュアルだ」
アオイは、分厚い冊子を見下ろした。
表紙には、こう書いてある。
暫定
なぜか、その文字だけがやけに目に残った。
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