異常報告
管理局本部の会議室は、
やけに明るかった。
照明が、
一段階強い。
――異常案件の時の設定だ。
「勇者ユウト、
一時停止中」
端末に表示された文字を、
誰かが読み上げる。
「原因は?」
「過労による意識喪失」
その言葉に、
小さなざわめきが走った。
「……過労?」
「チート持ちですよね?」
「死亡リスクは低い、
はずでは……」
監察官が、
一つ咳払いをする。
「“低い”です」
否定しない。
「しかし、
“ゼロ”ではない」
資料が、
次のページに切り替わる。
連続稼働時間。
休憩記録。
水分摂取量。
数字が、
並んでいるだけだ。
「……拒否不可条項が
正常に機能した結果です」
その言い方が、
空気を冷やした。
「正常……?」
誰かが、
小さく繰り返す。
「契約上、
問題はありません」
監察官は、
淡々と続ける。
「現場判断による停止が
例外です」
「誰が?」
「……未契約者です」
その言葉で、
空気が止まった。
「未契約……?」
「……安西……
という人物です」
名前が、
会議室に落ちる。
「……あの……
条件確認してた……」
「仮契約の……」
「……例の……」
囁きが、
広がる。
「正式権限は?」
「ありません」
「責任は?」
「……現時点では……
未整理です」
沈黙。
それは、
責める沈黙ではなかった。
どう扱えばいいか、
誰も分からない沈黙だ。
「……現場は?」
「勇者は安定」
「再開可能時期は
未定」
「ギルドは?」
「公式には、
関与していない」
報告が、
一つずつ積み上がる。
どれも、
間違っていない。
だが。
「……つまり」
上席の一人が、
ゆっくり言った。
「制度は、
正常に動いた」
「現場が、
想定外だった」
誰も、
反論しなかった。
それが、
一番の問題だった。
「……安西という人物は……」
別の声。
「“問題”でしょうか」
監察官は、
少し考えてから答える。
「……問題、
ではありません」
「……え?」
「むしろ」
言葉を選ぶ。
「……記録すべき事象です」
会議室が、
静まり返る。
「権限を持たない人間が、
現場を止めた」
「その結果、
勇者は生存している」
事実だけを、
並べる。
「……再発防止策は?」
「検討中です」
だが、
その“検討”が、
何を意味するか。
全員、
薄々分かっていた。
――例外を、
どう処理するか。
会議は、
結論を出さずに終わった。
だが一つだけ、
決まったことがある。
安西 恒一は、
もう“無視できない”。
最初に戻ってきた感覚は、
重さだった。
体が、重い。
鉛を詰められたみたいに。
「……」
次に、
匂い。
焚き火の残り香と、
乾いた土の匂い。
「……ここ……」
声を出そうとして、
喉が掠れた。
「……水……」
すぐに、
唇に冷たい感触が触れる。
「ゆっくりでいい」
聞き覚えのない声だった。
ユウトは、
少しずつ目を開ける。
視界が、
ぼやける。
木の天井。
簡易拠点。
そして――
椅子に座った、
スーツ姿の男。
「……誰……」
「安西です」
簡単な名乗り。
「……管理局の……?」
「違います」
即答。
「……ギルド……?」
「でもない」
ユウトは、
少し混乱した顔をした。
「……じゃあ……
どうして……」
「止めに来ました」
それだけを言う。
ユウトは、
一瞬、理解できなかった。
「……止め……?」
体を起こそうとして、
力が入らない。
「……俺……
寝て……?」
「三日ぶりです」
「……え……」
沈黙。
理解が、
ゆっくり追いつく。
「……俺……
やらかしました……?」
その言葉は、
怯えではなく、
確認だった。
「契約違反ですか……?」
「いいえ」
安西は、
首を振る。
「契約は、
守られました」
その答えに、
ユウトの顔が、
わずかに歪む。
「……じゃあ……
なんで……」
「契約が、
人を守らなかっただけです」
ユウトは、
唇を噛んだ。
「……俺……
ちゃんと……
やってた……
はずなのに……」
声が、
少し震える。
「結果も……
出てたし……」
「ええ」
安西は、
否定しない。
「出てました」
「……じゃあ……
俺が……
弱かった……?」
その一言で、
空気が変わった。
「違います」
安西の声は、
低いが、はっきりしていた。
「君は、
“止まれなかった”だけです」
「……」
「止まる仕組みが、
用意されていなかった」
ユウトは、
布を握りしめる。
「……でも……
止まったら……
誰かが……」
「それも、
正しい」
重ねる。
「だから、
壊れる前に
止めました」
ユウトの目から、
一滴、涙が落ちた。
「……俺……
迷惑……
かけましたよね……」
「いいえ」
即答。
「現場が、
初めて“人”を
見せただけです」
「……」
「君が倒れたから、
問題になった」
「倒れなければ、
問題にならなかった」
それが、
一番残酷な事実だった。
「……俺……
どうなるんですか……」
小さな声。
「……もう……
勇者……
失格ですか……」
安西は、
少しだけ考えてから答えた。
「分かりません」
正直だった。
「でも」
続ける。
「君は、
生きています」
「それは、
失格じゃない」
ユウトは、
しばらく黙っていた。
やがて、
小さく息を吸う。
「……止めて……
くれて……
ありがとう……
ございます……」
その言葉に、
安西は首を振る。
「礼は、
制度が言うべきです」
ユウトは、
少しだけ、
困った顔で笑った。
泣きながら。
「……難しい人ですね……」
「仕事柄です」
外で、
足音がした。
ミレイアだ。
「……起きた……?」
控えめな声。
「……はい……」
ユウトが、
ゆっくり答える。
その声は、
さっきより少しだけ、
落ち着いていた。
第二章は、
ここで初めて
“感情”を回収した。
次に来るのは――
選択だ。
呼び出しは、
静かだった。
音も、光もない。
ただ、空気が変わる。
「……来ましたね」
安西は、
焚き火から少し離れて立ち上がった。
背後で、
ミレイアが息を呑む。
「……管理局……?」
「ええ」
肯定する。
転送陣が、
今回は控えめに展開された。
見せる必要がない時の仕様だ。
現れたのは、
監察官一人。
以前と同じ顔。
同じ無表情。
「安西 恒一」
名を呼ばれる。
「お時間をいただきます」
命令ではない。
要請でもない。
確認だ。
「拒否できますか」
安西は、
先に聞いた。
「できます」
監察官は即答する。
「ですが、
拒否した場合も
記録は残ります」
「なるほど」
安西は、
小さく頷いた。
「じゃあ、
行きます」
逃げない。
でも、飲み込まれない。
「……ユウト君は?」
ミレイアが、
思わず聞いた。
「本件とは、
切り離します」
それだけ。
転送が始まる。
白い光。
だが、
“白い空間”ではなかった。
簡素な部屋。
机と椅子だけ。
壁は灰色。
――記録用空間。
「……尋問では?」
安西が聞く。
「いいえ」
監察官は、
席につきながら答える。
「ヒアリングです」
言葉を選ぶ。
「あなたは、
権限を持たない状態で
現場を止めた」
「はい」
「なぜですか」
「壊れる前だったからです」
即答。
「契約違反では?」
「違反ではありません」
「根拠は?」
「“本人の意思による拒否”が
存在しない」
第八話で使った論理。
そのまま。
監察官は、
端末に入力する。
「あなたは、
制度を否定していますか」
「いいえ」
安西は、
首を振る。
「制度は、
必要です」
「では、
なぜ止めた」
「制度が、
人を見ていなかったからです」
責めない言い方。
観測の言葉。
監察官は、
少しだけ視線を上げた。
「……あなたは……」
言葉を探す。
「現場を、
優先しますか」
「優先ではありません」
安西は訂正する。
「同列に置きます」
「制度と、人を」
沈黙。
「それは、
非常に扱いづらい」
「慣れてます」
現実だった。
監察官は、
端末を閉じる。
「……あなたを、
“危険人物”と
判断する意見もあります」
「でしょうね」
「一方で」
続ける。
「“観測価値が高い”
という意見もあります」
安西は、
眉を上げた。
「……人間を?」
「ええ」
監察官は、
淡々と言う。
「制度の外で、
制度を破壊せずに
修正しようとする存在は
稀です」
それは、
褒め言葉ではない。
分類だ。
「今後、
あなたに接触が増えます」
「勧誘ですか」
「いいえ」
「……?」
「選別です」
そう言って、
監察官は立ち上がる。
「あなたが
“使えるか”ではない」
「制度が、
あなたに耐えられるかを
見ます」
転送陣が、
再び光る。
「……一つだけ、
忠告を」
去り際。
「あなたは、
もう“一般人”ではありません」
「……」
「でも、
まだ“勇者”でもない」
光が消える。
森の音が戻る。
安西は、
深く息を吐いた。
「……選別、ね……」
面倒な言葉だ。
だが、
逃げ道ではない。
制度は、
彼を“見始めた”。
それはつまり――
もう、戻れない。




