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女神に転生させられた43歳おじさん、まず労働条件を確認します  作者: Y.K
第二章

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現場に立つ者たち

白い光が、

 静かに収束した。


 音は、なかった。

 派手な転移演出もない。


 ただ、

 足の裏に――土の感触が戻る。


「……」


 安西は、

 ゆっくりと周囲を見渡した。


 森。

 夜明け前。


 空気は冷たく、

 湿っている。


 遠くで、

 金属がぶつかるような音。


 戦闘――ではない。

 準備音だ。


「……間に合った、か……」


 足元を見る。


 自分の体は、

 変わっていない。


 チートも、

 ステータスも、

 表示されない。


 当たり前だ。


 これは、

 転生じゃない。


 誰にも許可されていない

 “現場介入”だ。


 安西は、

 地図を確認する。


 アリシアから渡された

 非公式座標。


「……補給拠点……

 ここから、

 三百……」


 その時。


 ――がさっ。


 茂みが、揺れた。


 安西は、

 即座に身構えない。


 逃げ道を、

 先に見る。


「……誰だ」


 低く、

 抑えた声。


「っ……!」


 出てきたのは、

 剣を持った青年だった。


 鎧は、

 軽装。


 顔に、

 明らかな疲労。


「……っ、

 な、何者だ……!」


 声が、

 少し上ずっている。


 新人だ。


「敵じゃありません」


 安西は、

 両手を上げた。


「ギルドの……

 補給ルートから来ました」


 嘘ではない。

 全部でもないが。


「……証明は……?」


「ありません」


 即答。


「ですが」


 一歩、

 距離を詰める。


「勇者ユウトの件で

 来ました」


 その名前で、

 青年の表情が変わった。


「……勇者様の……?」


「はい」


 安西は、

 静かに言う。


「今、

 彼は――

 止まれていない」


 青年は、

 言葉を失った。


 視線が、

 自然と奥を見る。


 そこには、

 簡易拠点。


 焚き火。

 剣。

 血の匂い。


 そして。


「……あ……」


 青年が、

 小さく声を漏らす。


 拠点の奥。


 木箱に腰掛けたまま、

 ユウトがいた。


 鎧は、

 外していない。


 剣も、

 手放していない。


 ただ――

 目が、開いていなかった。


 寝ている。


 それだけで、

 異常だった。


 安西は、

 走らない。


 歩いて近づく。


「……ユウト君」


 声をかける。


 反応は、

 ない。


 呼吸は、

 浅い。


「……何時間……?」


 青年が、

 震える声で答える。


「……三日……

 です……」


 三日。


 連続稼働、

 拒否不可。


 安西は、

 静かに息を吐いた。


「……ここからは」


 誰に向けた言葉でもなく。


「現場判断で

 動きます」


 それは、

 制度の外側で出された

 最初の命令だった。


 第二章は、

 ここから始まる。


ユウトの呼吸は、

 浅く、早かった。


 眠っている。

 だが、休めてはいない。


 安西は、

 まず周囲を見た。


 焚き火は消えかけ。

 水袋は空。

 携行食は、

 手つかずのまま残っている。


「……食べてないな」


 独り言のように言う。


 青年――護衛の冒険者が、

 小さく頷いた。


「……休め、

 って言っても……

 起きて……

 行こうとするんです……」


 安西は、

 ユウトの前にしゃがみ込む。


 鎧の留め具に、

 指をかけた。


「外します」


「え……

 で、でも……

 急襲が……」


「来ません」


 即答。


「来るなら、

 もう来てます」


 理由は言わない。

 判断だけを置く。


 留め具を、

 一つずつ外す。


 ガチャリ、と

 金属音。


 ユウトの肩が、

 わずかに揺れた。


「……っ……

 まだ……」


 寝言だ。


 命令でも、

 恐怖でもない。


 ただの、

 “仕事の続き”。


「……もう、

 続きません」


 安西は、

 低い声で言った。


 誰かに向けてではない。

 現実に向けて。


 鎧が外れると、

 ユウトの体が

 目に見えて軽くなる。


 筋肉は張り付いたまま。

 指先が、

 わずかに震えている。


「……脱水と、

 睡眠不足……」


 安西は、

 経験で分かる範囲だけを

 口にした。


「……魔法とか……

 使えますか……?」


 青年が、

 不安そうに聞く。


「使いません」


「……え……?」


「今、

 必要なのは

 回復じゃない」


 水袋を取り、

 少量だけ口に含ませる。


 一気には飲ませない。


「……停止です」


 ユウトの喉が、

 かすかに動く。


 反射。


 それで、いい。


「……あ……」


 ユウトの目が、

 少しだけ開いた。


 焦点は、

 合っていない。


「……次……

 どこ……」


 安西は、

 視線を合わせた。


「次は、ありません」


 はっきり言う。


「今は、

 終わりです」


「……で、でも……」


 唇が、

 動く。


「……世界が……」


「世界は」


 被せる。


「今すぐ、

 壊れません」


 事実だ。


 “今日じゃない”。


「でも、

 君は壊れます」


 それだけを、

 伝える。


 ユウトの瞳が、

 揺れた。


「……俺……

 役に……」


「立ってます」


 即答。


「だから、

 止めます」


 論理は、

 それだけだ。


 安西は、

 ユウトの剣を

 そっと地面に置く。


 手から、

 力が抜けた。


「……あ……」


 短い、

 安堵の息。


 ユウトの意識が、

 再び沈む。


 今度は、

 さっきより深い。


「……寝た……」


 青年が、

 小さく呟いた。


「ええ」


 安西は、

 立ち上がる。


「……ここからが、

 本番です」


「……え?」


「“止めた後”の

 説明が、

 一番、揉める」


 安西は、

 地図を開いた。


「管理局が来る前に、

 言葉を揃えます」


 青年は、

 唾を飲み込んだ。


「……俺たち……

 怒られますよね……」


「ええ」


 否定しない。


「でも」


 続ける。


「怒られるのは、

 生きてからです」


 焚き火に、

 新しい薪をくべる。


 火が、

 少しだけ強くなった。


 夜明けは、

 近い。


 第二章は、

 静かに、

 止めることから進み始めた。


朝靄が、

 森の低い位置に溜まっている。


 焚き火は、

 もう煙を上げていない。


 ユウトは、

 眠ったままだ。


 呼吸は、

 さっきより深い。


「……落ち着きましたね……」


 護衛の青年が、

 小さく言った。


「ええ」


 安西は、

 地面に腰を下ろしたまま答える。


「“休めた”だけです」


 それ以上でも、

 それ以下でもない。


 その時。


 ――風が、変わった。


 冷たい。

 意図的な風。


「……来ましたね」


 安西は、

 立ち上がる。


 森の奥から、

 白い光が滲む。


 次の瞬間、

 転送陣が展開された。


 派手だ。

 見せるための演出。


 そこから現れたのは、

 三人。


 管理局の監察官。

 ギルドの上級職員。

 そして――


「……勇者の状態を確認します」


 無感情な声。


 管理局側の人間だ。


「少々、お待ちください」


 安西は、

 一歩前に出る。


「現在、

 医療的休止中です」


 監察官の視線が、

 彼を捉える。


「……あなたは?」


「安西です」


 それだけ言う。


 肩書きは、

 名乗らない。


「勇者の稼働が停止しています」


 監察官が言う。


「契約違反です」


「違反ではありません」


 安西は、

 即答する。


「“本人の意思による拒否”は

 ありません」


「……?」


「意識喪失による

 停止です」


 事実を、

 そのまま並べる。


 監察官は、

 一瞬だけ言葉に詰まった。


「……判断は?」


「現場判断です」


「権限は?」


「ありません」


 嘘は、

 一つもない。


 ギルドの上級職員が、

 咳払いをした。


「……ユウト君は……

 三日、

 眠っていなかった……」


 声が、

 少しだけ低い。


「報告は、

 上がっていなかった」


 監察官が、

 視線を向ける。


「……前倒し進行の

 報告は……」


「数字だけです」


 上級職員は、

 静かに返す。


「体調の項目は、

 書かれていない」


 沈黙。


 安西は、

 その隙に言葉を足す。


「今、

 彼は“動けません”」


「でも、

 “壊れてもいません”」


「だから、

 止めただけです」


 監察官は、

 ユウトを見る。


 鎧を外され、

 焚き火のそばで

 眠る若者。


 そこには、

 勇者の姿はない。


 ただの、

 疲れ切った青年だ。


「……再開は?」


 短い質問。


「今日中は、

 無理です」


 即答。


「最短でも、

 二十四時間」


 数字を置く。


 感情ではなく。


 監察官は、

 端末を操作する。


 ログを確認。

 数値。

 経過。


 やがて、

 小さく息を吐いた。


「……本件は……」


 少し間を置いて。


「……“異常”として

 記録します」


 護衛の青年が、

 息を呑む。


 だが。


「……責任の所在は……」


「後で、

 整理します」


 それだけ言った。


 ギルド職員が、

 安西を見る。


「……あなた……

 名前だけで……

 よく、

 ここまで……」


「仕事で、

 やってきましたから」


 それだけだ。


 管理局の人間たちは、

 転送陣に戻る。


 去り際、

 監察官が一言だけ残した。


「……現場判断は……

 嫌われます」


「知ってます」


 安西は、

 即答した。


 光が消える。


 森に、

 朝の音が戻る。


「……怒られ……

 なかったですね……」


 護衛の青年が、

 呟く。


「ええ」


 安西は、

 ユウトを見下ろす。


「今日は、

 まだです」


 第二章は、

 ここで一度、

 深く息をした。


 制度は、

 初めて現場の“人”を見た。


 そして――

 見てしまった以上、

 もう元には戻れない。



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