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女神に転生させられた43歳おじさん、まず労働条件を確認します  作者: Y.K
第1章

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外された者たち

転生管理局の建物は、

 外から見ると、相変わらず立派だった。


 白くて、高くて、

 何も問題がないように見える。


 中から追い出されるまでは。


 アリシアは、

 エントランスホールの端に立っていた。


 私物は少ない。

 小さな鞄ひとつ。


 正式な処分ではない。

 配置換えでもない。


 ただ、

 担当を外された。


 それだけだ。


(……現場判断不能……)


 上司の言葉が、

 頭の奥で反響する。


 正確には、

 否定されていない。


 信用されなくなっただけだ。


「……はぁ」


 息を吐く。


 泣きはしなかった。

 怒りも、ない。


 ただ、

 立場がなくなった。


 そのとき。


「……あれ?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り返る。


 ギルド受付嬢――

 ミレイアが、立っていた。


 いつもの制服ではない。

 簡素な外出用の服。


「……アリシア、さん……?」


「……ミレイア……さん……?」


 一瞬、

 お互い言葉に詰まる。


「……どうして、ここに……?」


「……その……

 少し、用事が……」


 視線が、

 自然と逸れる。


 それだけで、

 だいたい察しはついた。


「……ユウト、

 もう出発しました」


 ミレイアが、

 ぽつりと言った。


「……はい……」


 知っている。

 報告は、来ていた。


 “問題なく、進行中”。


 それが一番、

 問題だった。


 二人の間に、

 沈黙が落ちる。


 その沈黙を、

 破ったのは。


「……久しぶりですね」


 男の声だった。


 少し低く、

 落ち着いた声。


 振り向く。


 白い空間でしか

 見たことのない男が、

 そこにいた。


「……安西、さん……?」


 スーツ姿。

 だが、

 どこか“現場感”がない。


「どうして……」


「確認に来ました」


 短く言う。


「……何を……?」


「俺が、

 まだ“対象”かどうかを」


 アリシアは、

 一瞬だけ、目を見開いた。


「……まだ……

 仮契約中、ですよね……」


「ええ」


 安西は、

 頷いた。


「で、

 担当は?」


 その一言で、

 すべてが繋がった。


「……外されました……」


 アリシアは、

 正直に答えた。


「……そうですか」


 安西は、

 それ以上何も言わない。


 ミレイアが、

 小さく息を吸った。


「……私も……

 ギルドとしての

 正式対応からは……

 外れました……」


 三人。


 誰も、

 追放されたわけではない。


 誰も、

 罪を犯していない。


 ただ、

 都合が悪くなった。


 安西は、

 二人を見て、言った。


「じゃあ」


 静かに。


「情報共有は、

 非公式になりますね」


 ミレイアが、

 苦笑する。


「……ですね……」


 アリシアは、

 少しだけ、肩の力を抜いた。


 公式じゃない。

 だからこそ、話せる。


「……一応……

 聞いておきたいんですが……」


 アリシアが言う。


「安西さんは……

 まだ、転生する気は……?」


 安西は、

 少し考えてから答えた。


「条件次第です」


 変わらない答え。


「でも」


 続ける。


「ユウト君が、

 もう現場に出た以上」


 視線が、

 遠くを見る。


「この話、

 “俺だけの契約”じゃ

 なくなりました」


 その言葉に、

 二人は黙った。


 制度の外に出た者たち。


 守られなかった者。

 守れなかった者。


 そして、

 まだ始まっていない者。


 三人は、

 同じ場所に立っていた。


 ――公式ではない場所に。


情報は、

 公式ルートからは来なかった。


 来るはずもない。


 アリシアが端末を開いたのは、

 管理局のシステムではなく、

 個人用の簡易通信だった。


 旧式。

 ログも残らない。


「……これ……」


 表示された報告書は、

 短い。


 簡潔すぎる。


勇者ユウト

初動良好

討伐進行中

予定より前倒し


「……前倒し……?」


 ミレイアが、

 小さく復唱した。


「普通……

 喜ぶところですよね……」


「“普通”なら、ね」


 安西が答える。


 机の上には、

 簡易地図が広げられている。


 戦闘記録。

 移動ログ。


 数字だけを並べたもの。


「これ……

 休憩、入ってません」


 安西が、

 地図を指でなぞる。


「……あ……」


 アリシアが、

 気づいた。


「連続稼働……

 四十八時間……」


「拒否不可条項、

 効いてますね」


 淡々とした声。


「……ユウトは……

 嫌って言わない……」


 ミレイアの声が、

 少しだけ揺れる。


「言えない、

 が正確です」


 安西は訂正した。


「“自分が止まると

 世界が止まる”

 設計になってる」


 画面が切り替わる。


 別の報告。


勇者の判断が

管理局指示と食い違う場面あり

ただし結果は良好


「……結果は、良好……」


 アリシアが、

 唇を噛む。


「結果が出てる限り、

 止められない」


 安西は、

 そう言ってから続ける。


「止める理由が、

 制度上、存在しない」


 ミレイアは、

 椅子の背に手を置いた。


「……あの子……

 ちゃんと、

 寝てるんでしょうか……」


 誰も、

 すぐに答えられなかった。


 答えは、

 分かっている。


 でも、

 “確認できない”。


 それが、

 今の立場だ。


 アリシアは、

 小さく息を吸った。


「……私……

 連絡、取れます……」


 二人が、

 同時に彼女を見る。


「公式じゃないですけど……

 個人チャンネルなら……」


「……リスクは?」


 安西が聞く。


「……あります……」


「でも?」


「……このままだと……

 もっと、

 取り返しがつかない……」


 しばらく、

 沈黙。


 安西は、

 短く頷いた。


「やりましょう」


 即断だった。


「……何かあったら……」


「俺が、

 “未契約者として”

 全部引き受けます」


 責任の取り方が、

 会社員だった。


 アリシアは、

 端末を操作する。


 呼び出し。


 数秒。


 ――応答。


「……あ……

 アリシア、さん……?」


 画面に映るユウトは、

 少しやつれていた。


 笑顔は、

 まだある。


「……大丈夫……

 です……」


 その第一声で、

 三人とも、

 確信した。


 大丈夫じゃない。


「今、

 どこですか」


 アリシアが聞く。


「……えっと……

 次の……

 拠点に……」


 視線が、

 定まらない。


「休憩は?」


「……あと……

 少し……

 終わったら……」


 終わりは、

 どこにも書いていない。


 安西が、

 静かに口を開く。


「ユウト君」


「……は、はい……?」


「“やめたい”って、

 言えますか」


 一瞬。


 本当に、

 一瞬だけ。


 ユウトの表情が、

 止まった。


「……」


「言えないなら、

 それでいい」


 責めない。


「でも」


 続ける。


「それは、

 君の意思じゃない」


 画面の向こうで、

 ユウトが、

 小さく息を吸った。


「……分かって……

 ます……」


 それが、

 一番苦しい答えだった。


 通信が、

 不安定になる。


「……すみません……

 行かないと……」


 画面が、

 暗転する。


 誰も、

 すぐには動けなかった。


「……兆し、ですね」


 ミレイアが、

 ぽつりと言った。


「ええ」


 安西は、

 地図を見つめたまま答える。


「でも、

 まだ事故じゃない」


 視線を上げる。


「――止めるなら、

 今です」


誰が最初に言い出したのかは、

 もう分からない。


 でも、

 沈黙の形が変わったのは、

 全員が同じことを考え始めた時だった。


「……公式には」


 ミレイアが、

 ゆっくり口を開く。


「……何も、

 できないんですよね……」


「はい」


 アリシアが答える。


「介入すれば、

 越権です」


 その言葉は、

 重かった。


 処分。

 記録。

 配置転換。


 全部、あり得る。


「でも」


 安西が、

 短く言った。


「非公式なら、

 誰も止められない」


 二人が、

 彼を見る。


「俺は、

 まだ未契約者です」


 淡々と。


「管理局の職員でもない」


「勇者でもない」


「ギルドにも属してない」


 だから。


「誰の命令も、

 受けていない」


 ミレイアが、

 苦く笑う。


「……一番、

 自由ですね……」


「責任がない、

 とも言います」


 安西は、

 そう返した。


「でも」


 続ける。


「だからこそ、

 動ける」


 アリシアは、

 視線を落とす。


「……私がやったら……

 完全に、

 アウトです……」


「ええ」


 安西は、

 即答した。


「だから、

 あなたはやらない」


 顔を上げる。


「やるのは、

 俺です」


「……」


「あなたは、

 “見ていた”だけでいい」


「ミレイアさんも、

 “知らなかった”でいい」


 ミレイアが、

 拳を握りしめる。


「……それ……

 卑怯です……」


「知ってます」


 安西は、

 否定しなかった。


「でも、

 命が先です」


 その一言で、

 空気が決まった。


 アリシアは、

 ゆっくりと息を吸う。


「……座標……

 渡します……」


 声は、

 震えていない。


「……公式ログには……

 残らない形で……」


「お願いします」


 安西は、

 短く頭を下げた。


 ミレイアが、

 鞄から一枚の紙を出す。


「……これ……

 現地ギルドの……

 補給拠点です……」


「……行けます?」


「……裏口なら……」


 三人の役割が、

 自然に分かれた。


 誰も、

 号令をかけていない。


 でも、

 もう戻れなかった。


「……安西さん……」


 アリシアが、

 最後に言う。


「……何かあったら……」


「ええ」


 安西は、

 頷いた。


「俺が全部、

 やったことにします」


 それは、

 契約書に書かれない

 責任の取り方だった。


 彼は、

 白い空間に向かう。


 転生ではない。

 召喚でもない。


 ただ、

 “行く”。


「……ユウト君……」


 誰にも聞こえない声で、

 呟く。


「……今度は……

 君が、

 止まっていい番だ……」


 座標が、

 確定する。


 白い光が、

 足元から立ち上る。


 これは、

 制度の外の行動。


 正義でも、

 命令でもない。


 ただの、

 人間の判断だ。


 ――そして。


 管理局のログには、

 こう記録された。


異常なし

進行中


 それが、

 一番の異常だった。

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