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女神に転生させられた43歳おじさん、まず労働条件を確認します  作者: Y.K
第1章

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守られない人を決める

転生管理局・上層会議室。


 前回より、ウィンドウの数が少ない。

 結論が、用意されている時の配置だった。


「――第2案で行きます」


 レクターは、迷いなく言った。


 画面に表示される文書。

 《勇者運用契約(改・第2案)》


「全員を守る設計は、成立しない」


 誰も反論しない。


「ならば、

 誰を守らないかを明示する」


 淡々と、条文が読み上げられる。


 ・勇者は自発的協力者である

 ・管理局は直接的責任を負わない

 ・危険回避の判断は管理局に委ねる

 ・解除権は管理局に帰属する


「……つまり」


 誰かが、恐る恐る言った。


「現場が、引き受けると」


「そうです」


 レクターは頷く。


「世界は、現場で救われる」


 事実だ。

 そして、事実だけで出来た文章だった。


「異論は?」


 ない。


 あるのは、

 飲み込めない沈黙だけだ。


 レクターは、次を告げる。


「説明は、

 現場で行ってください」


 資料に、

 勇者ユウトの名前が表示された。


 ――守られない人が、決まった。


ギルドの応接室は、

 無駄に広かった。


 丸い机。

 椅子は四つ。


 ユウトは、

 背筋を伸ばして座っている。


 十九歳。

 まだ、期待の姿勢が抜けていない。


「……今日は、

 お時間ありがとうございます」


 アリシアが言った。


 声は丁寧だが、

 どこか硬い。


「いえ!

 全然大丈夫です!」


 ユウトは、

 すぐに笑顔で返す。


「次の任務の話ですよね?」


 その言葉に、

 ギルド受付嬢ミレイアが、

 一瞬だけ目を伏せた。


 アリシアは、

 小さく息を吸う。


「……はい。

 その前に……

 確認していただきたい書類がありまして……」


 空中に、

 契約書が表示される。


 《勇者運用契約(改・第2案)》


「……改?」


 ユウトは、

 首をかしげる。


「前より、

 ちゃんとしたってことですか?」


 悪意のない問いだった。


「……はい……

 そうです……」


 アリシアは、

 嘘をつかなかった。


「では……

 要点だけ、

 お伝えしますね」


 条文が、

 一つずつ強調表示される。


 ・勇者は自発的協力者

 ・危険回避の最終判断は管理局

 ・長期稼働、拒否不可

・解除権は管理局側


「……」


 ユウトは、

 黙って聞いている。


 途中で、

 口を挟まない。


「……つまり……」


 説明が終わり、

 アリシアが言葉を探していると。


 ユウトが、

 先に口を開いた。


「えっと……

 俺が、

 やるって言ったら……」


 少し考える。


「……途中で、

 やっぱ無理、

 って言えない……

 ってことですよね?」


 アリシアの喉が、

 詰まった。


「……はい……」


 ユウトは、

 ゆっくり頷いた。


「でも……

 世界が危ないなら……」


 言葉を、

 探している。


「……仕方ない……

 ですよね……」


 ミレイアが、

 思わず口を開きかける。


 だが、

 言葉は出なかった。


「……俺……

 役に立ちたいんです」


 ユウトは、

 自分に言い聞かせるように言った。


「選ばれたなら……

 やらなきゃ……」


 アリシアの指先が、

 わずかに震えた。


「……ユウトさん……」


「大丈夫です!」


 被せるように、

 笑う。


「死なないんですよね?

 チート、ありますし!」


 その“チート”が、

 完全じゃないことを、

 彼は知らない。


「……はい……

 致命的な死亡リスクは……

 低いです……」


 “低い”。


 安西が引っかかった言葉。


 ユウトは、

 そこを気にしない。


「なら……」


 小さく、

 息を吸って。


「……分かりました」


 その一言で、

 部屋の空気が変わった。


 了承。

 同意。

 善意による切り捨て。


 ミレイアは、

 拳を膝の上で握りしめた。


 アリシアは、

 目を伏せた。


 ユウトは、

 まだ笑っている。


「……あの……

 早く、

 行った方がいいですよね?」


 誰も、

 すぐに答えられなかった。


 ――守られない人は、

 自分で、

 “分かりました”と言う。


転生管理局・第3課。


 いつもより、

 室内が静かだった。


 誰も雑談しない。

 誰も急がない。


 それは、

 決定が下った後の空気だった。


「……ユウト、同意しました」


 アリシアが、

 報告する。


 声は平坦。

 感情は乗せなかった。


「問題は?」


 上司が、

 書類から目を離さずに聞く。


「ありません」


 事実だ。


 署名はある。

 同意は取れた。


 手続き上の瑕疵は、

 一つもない。


「では、

 次の段階に進みましょう」


 その言葉で、

 会話は終わる――はずだった。


「……一つ、

 質問してもいいですか」


 声を出したのは、

 別の職員だった。


 ベテラン。

 いつもは、

 こういう場で発言しない。


「どうぞ」


「今回の第2案ですが……」


 言葉を選んでいる。


「……勇者が、

 拒否できない設計ですよね」


 一瞬、

 空気が張りついた。


「拒否権がないわけではない」


 上司が答える。


「同意しなければ、

 転生は行われない」


「でも」


 ベテランは、

 視線を逸らさない。


「彼は、

 “同意するしかない”

 状況に置かれています」


 沈黙。


「それは、

 本人の意思です」


 別の声。


「選択肢は、

 提示されています」


「……本当に?」


 ベテランは、

 静かに聞き返した。


「拒否した場合の

 代替案は?」


「……」


「説明しましたか?」


「……」


 誰も、

 即答できなかった。


「……現実的な話をしましょう」


 上司が、

 少しだけ声を強める。


「全員を守る制度は、

 作れません」


「だから、

 現場が引き受ける」


「それが、

 今までのやり方です」


 正論だった。


 何人かが、

 小さく頷く。


「……でも」


 今度は、

 若い職員が口を開いた。


「それを……

 明文化したのは……

 今回が、初めてですよね」


 また、

 静かになる。


「今までは……

 暗黙でした……」


「そうだ」


「……でも……」


 若い職員は、

 言葉を探しながら続ける。


「暗黙だったから……

 気づかなかった……

 だけじゃ……」


 そこで、

 言葉が止まる。


 アリシアは、

 その様子を、

 黙って見ていた。


 胸の奥で、

 何かが軋む。


「……結論は変わりません」


 上司が言った。


「第2案で、

 運用します」


「異論があっても、

 現実は変わらない」


 会議は、

 それで終わった。


 人が、

 一人ずつ出ていく。


 誰も、

 怒っていない。


 誰も、

 納得もしていない。


 アリシアは、

 最後に立ち上がった。


「……あの」


 上司が、

 振り返る。


「私は」


 一瞬、

 言葉に詰まる。


「……私は……

 第2案に、

 署名しません」


 空気が、

 はっきりと変わった。


「アリシア」


 上司の声が、

 低くなる。


「拒否ではありません」


 はっきり言う。


「担当から、

 外れてください」


「……」


「この案件は、

 中立で扱えません」


 静かな宣言だった。


 上司は、

 しばらく彼女を見つめてから。


「……分かりました」


 短く答えた。


「別の者を、

 担当に回します」


 それ以上、

 何も言わなかった。


 アリシアは、

 深く一礼し、

 部屋を出る。


 廊下は、

 いつも通りだった。


 誰も、

 彼女を止めない。


 でも。


 制度は、

 確かに割れた。


 正しさが、

 一枚ではなくなった。


 そしてそれは、

 もう元には戻らない。


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