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女神に転生させられた43歳おじさん、まず労働条件を確認します  作者: Y.K
第1章

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3/16

世界のために頑張っているだけです

転生管理局・第3課。


 アリシアは、いつもより少しだけ早足で廊下を進いていた。

 手元のウィンドウに、新しい案件が表示されている。


 ――転生者、1名。


 詳細を開くと、若い。


「……十九歳……」


 思わず、声に出た。


 白い空間に転送されると、

 そこには、やや緊張した様子の少年が立っていた。


 黒髪。

 痩せ型。

 目だけが、やけに真っ直ぐだ。


「は、はじめまして!」


 少年が、深く頭を下げる。


「俺、ユウトって言います!」


 元気な声。


「……ユウトさん」


 アリシアは、表情を整えた。


「これから、転生に関するご説明を……」


「はい!」


 返事が、早い。


 ――早すぎる。


「まず、こちらが付与される能力です」


 ステータス画面が開く。


 ・身体能力強化

 ・回復魔法(小)

 ・状態異常耐性(低)


「……すごい……」


 ユウトの目が、輝いた。


「俺、本当に……

 世界を救えるんですね……!」


 その言葉に、

 アリシアの胸が、少しだけざわついた。


「……えっと……

 業務内容についてですが……」


「魔王討伐ですよね!」


 食い気味に言われる。


「はい……そうですが……」


「大丈夫です!

 何でもやります!」


 その言葉を、

 アリシアは止められなかった。


 止める言葉を、

 まだ持っていなかった。


「……勤務時間や……

 休息について……」


「寝なくても平気です!」


「え……?」


「ゲームで、三日くらい……」


 あ、違う。

 そう思ったが、口に出せない。


「……危険な任務も……」


「覚悟してます!」


 ユウトは、笑っていた。


 期待されている、という顔だった。


 ――条件確認は、

 そのまま流れていった。


 数分後。


 白い空間が、別の景色に変わる。


 石造りの街。

 ざわめく人々。


「……うわ……」


 ユウトは、息を呑んだ。


「本当に……

 異世界だ……」


 アリシアは、

 その背中を見つめていた。


 言葉にできない違和感を、

 胸の奥に抱えたまま。


冒険者ギルドは、いつも通りだった。


 人の出入りが多く、

 掲示板には依頼書が並び、

 武器のぶつかる音が、遠くで響いている。


「次の方、どうぞ」


 受付の向こうで、

 ミレイアは淡々と声を出した。


 慣れた動作。

 無駄のない手つき。


 今日も、仕事は回っている。


「……勇者様、ですね」


 目の前に立つ少年――ユウトを見て、

 ミレイアは一瞬だけ言葉を選んだ。


「はい!

 今日から配属になりました!」


 元気な声。


 その裏にあるものを、

 彼女はもう何度も見てきた。


「では、こちらに署名を」


 差し出したのは、

 分厚い紙束。


「……これ、全部ですか?」


「はい」


 笑顔を崩さず答える。


「基本的な規約と、

 依頼に関する同意書になります」


「……よく分かんないですけど……」


 ユウトは、少し困ったように頭を掻いた。


「大丈夫です!」


 ミレイアは、即座に言った。


「皆さん、そうしてますから」


 ――その言葉を、

 何度口にしてきただろう。


「……休み、とかは……」


 ユウトが、遠慮がちに聞く。


「規約上は、

 自己申告制、となっています」


「自己申告……」


「はい。

 ただ、魔王軍の動き次第で……」


 言葉を濁す。


「……その……

 呼び出しが、続くことも……」


「大丈夫です!」


 ユウトは、また笑った。


「俺、体力だけはあるんで!」


 ミレイアは、視線を落とした。


 本当にそういう問題じゃない。


「……怪我をした場合は……」


「回復魔法があるので!」


「……そう、ですね」


 止める言葉は、

 もう用意されていなかった。


「では……

 こちらで登録、完了です」


 判子を押す。


 カチン、と音がした。


 それは、

 制度が一人を飲み込む音だった。


 ユウトは、振り返りながら言った。


「ありがとうございました!」


「……ご武運を」


 その言葉だけが、

 許された本音だった。


 ミレイアは、次の書類を手に取る。


 仕事は、止まらない。


 止めてはいけない。


 ――そう、教えられてきた。


 だが、その日だけは。


 なぜか、

 白い空間で“保留”されている

 もう一人の転生者の話を、

 思い出していた。


前線は、思っていたよりも静かだった。


 魔王軍――

 その言葉の響きほど、派手な戦場ではない。


 小規模な魔物の群れ。

 索敵。

 迎撃。


「勇者様、前に出すぎです!」


 後方から、誰かの声が飛ぶ。


「大丈夫です!」


 ユウトは、振り返らずに答えた。


 身体は軽い。

 力も、出る。


 チートは、確かに機能していた。


 剣を振る。

 魔物が倒れる。


「……すごいな」


 周囲の冒険者が、囁く。


「さすが勇者様だ」


 その言葉に、

 ユウトの胸が少しだけ高鳴った。


(役に立ってる……)


 それだけで、

 十分だった。


 戦闘は、長引いた。


 想定よりも、

 敵の数が多い。


「少し、下がってください!」


「まだ、いけます!」


 ユウトは、回復魔法を唱える。


 光が、身体を包む。


 ――回復は、する。


 だが、

 疲労は、消えない。


 呼吸が、少しずつ荒くなる。


「勇者様……?」


 仲間の声が、遠い。


「……大丈夫、です……」


 言葉とは裏腹に、

 足元が、わずかに揺れた。


 それでも、剣を振る。


 期待されている。

 止まれない。


「……ッ」


 視界の端が、暗くなる。


 次の瞬間。


 膝が、地面についた。


「勇者様!」


 駆け寄る影。


「まだ……

 まだ、いけます……」


 ユウトは、立ち上がろうとする。


 だが――

 身体が、言うことを聞かない。


「……下がれ!」


 誰かが叫ぶ。


 ようやく、

 前線から引き離された。


 回復魔法が、何度もかかる。


 それでも、

 立ち上がる気力は戻らなかった。


「……すみません……」


 ユウトは、呟いた。


 誰に向けてかは、分からない。


 戦場は、

 何事もなかったかのように、

 再び動き出していた。


白い空間は、今日も白い。


 安西は、特に何もせず、

 そこに“いた”。


 時間の感覚は、相変わらず曖昧だ。


 だが――

 どこか、落ち着いている。


 ふと、

 視界の端に、微かな揺れが走った。


 情報の断片。


 直接見たわけではない。

 聞いたわけでもない。


 ただ、

 “起きた”ことは分かる。


「……そうか」


 安西は、短く呟いた。


 確認しなかった。

 確認できなかった。


 結果、

 誰かが無理をした。


 白い空間に、

 アリシアはいない。


 今は、

 別の現場を走っているのだろう。


 安西は、

 ため息とも、呼吸ともつかない息を吐く。


「……俺は」


 独り言のように、言った。


「止めただけだな」


 助けたわけでもない。

 変えたわけでもない。


 ただ、

 自分の足を止めただけ。


 だが――


 止まらなかった世界の方が、

 誰かを削っていた。


 安西は、

 静かに目を閉じた。


 仮契約。

 前例なし。

 未承認。


 その“止まり”は、

 間違いではなかった。


 少なくとも――

 彼自身にとっては。


 そして、

 次に動くのは、

 彼ではない。


 この世界の、

 “制度”そのものだ。

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