ユウト、正式業務開始(なお仕事)
ユウトは、朝から元気だった。
「おはようございます!
本日も全力で頑張ります!」
姿勢、九十度。
声、無駄にでかい。
アリシアが、
少し引きながら頷く。
「え、えっと……
では……こちらを……」
差し出されたのは、
分厚い冊子だった。
表紙。
《勇者業務マニュアル(簡易版)》
「……かんい……?」
厚さ、
簡易じゃない。
「こ、これを……
全部……?」
「は、はい……
“まずは目を通すこと”
と……」
ユウトは、
真剣な顔で頷いた。
「分かりました!
完璧に覚えます!」
安西が、
横から一言。
「やめてください」
「え?」
「全部守ると、
誰か死にます」
ユウトは、
固まった。
⸻
現場
魔物は、
もう目の前にいる。
ユウトは、
剣を構え――
「……あっ」
止まった。
「……戦闘前チェック……」
マニュアルを開く。
「えっと……
①装備確認
②周囲安全確認
③上長確認……」
魔物が、
一歩近づく。
「……上長……?」
きょろきょろ。
「……安西さん!
確認お願いします!」
安西は、
即答した。
「しません」
「えっ!?」
「あなたの仕事です」
魔物が、
もう一歩近づく。
「で、でも……
手順が……」
「手順は
あなたを守りません」
ユウト、
一瞬迷い――
「……ええい!」
斬った。
魔物、倒れる。
静寂。
「……や、やりました……」
震える手。
⸻
事後処理
「次は……
報告書……」
ユウトは、
マニュアルを開く。
「……“戦闘後30分以内に
詳細報告”……」
「今すぐですか?」
アリシアが、
不安そうに聞く。
「は、はい……!」
ユウト、
地面に座って書き始める。
「敵の数……一……
天候……晴れ……
心境……えっと……」
仲間が、
困った顔で言う。
「……ユウト……
次の敵……」
「……30分以内なので……!」
安西が、
後ろから言った。
「後回しにしてください」
「えっ!?」
「書くのは
生きてからです」
ユウト、
顔を上げる。
「……!」
⸻
クライマックス
二戦目。
今度は、
判断が早かった。
マニュアルを閉じ、
即断。
勝利。
戻ってきて、
深呼吸。
「……あの……
判断者名……」
ペンを握る。
手が、
少し震えている。
「……僕で……
いいんですよね……」
安西は、
静かに言った。
「いいえ」
ユウト、
息を呑む。
「“あなたが決めた”
から、
あなたが書くんです」
数秒の沈黙。
そして――
「……はい……」
判断者名:ユウト
書いた瞬間、
肩の力が抜けた。
「……怖かったです……」
「でしょうね」
安西は、
少しだけ優しく言う。
「それが、
仕事です」
⸻
その夜。
アリシアが、
マニュアルに
赤字で書き足していた。
※重要
マニュアルは
“参考”であり、
命令ではない
安西が、
横目で見る。
「それ、
誰が書いたんです?」
「……わ、私です……」
「名前は?」
「……アリシア……」
安西は、
小さく頷いた。
「いい一歩です」
アリシア、
泣きそうな顔で笑った。




