マニュアルは守られた(守られていない)
白い空間に、
紙が降っていた。
バサッ。
バサバサッ。
「……え?」
アリシアは、両手で必死に紙を受け止める。
「ちょ、ちょっと待ってください!
こんな量、聞いてません!」
紙の山。
厚さ、辞書三冊分。
表紙には、こう書かれていた。
《転生管理局・正式業務条件書(第12改訂版)》
「……第12?」
安西が、静かに聞く。
「は、はい……
仮契約の報告を上に上げたら……
『ちゃんと書け』って……」
「ちゃんと、の方向性が極端ですね」
安西は、紙束を一枚めくる。
⸻
第一章:基本理念
転生者は
世界の均衡を回復する存在である
「理念から入るんですね」
「は、はい……」
「理念は大事ですけど、
雇用契約書で最初に来ると
ちょっと不安になります」
アリシアは、すでに半泣きだ。
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第二章:業務内容
・魔王討伐
・関連勢力の制圧
・世界の安定化
・復興支援(可能な範囲)
「“可能な範囲”」
「はい……」
「誰が判断するんです?」
「……現場判断、です……」
「それ、現場に全部押し付けてません?」
「……」
アリシアのHPが、目に見えて削れる。
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第三章:勤務時間
原則として
世界の危機発生時に随時対応
「二十四時間オンコールですね」
「……そう、なります……」
「代休は?」
「……」
「残業扱いは?」
「……」
安西は、ページを閉じた。
「この時点で、
ブラック企業大賞いけます」
「女神界には
労基が……」
「ないのは分かってます」
即答。
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第四章:死亡時の扱い
名誉ある戦死として
記録される
「補償は?」
「……名誉、です」
「名誉は通貨じゃありません」
アリシア、完全沈黙。
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第五章:帰還条件
魔王討伐後、
状況に応じて判断する
「“状況に応じて”」
「……」
「誰が?」
「……管理局、です……」
「拒否権は?」
「……ありません……」
安西は、ゆっくり深呼吸した。
「……なるほど」
その一言で、
アリシアがビクッとする。
⸻
「で、アリシアさん」
「は、はい!」
「この条件書、
誰が書きました?」
「……」
目を逸らす。
「……第3課全員で……」
「責任者は?」
「……課長です……」
「課長は、
これで転生したいと思います?」
「……」
アリシアの目から、
涙がぽろっと落ちた。
「……正直……
嫌です……」
「ですよね」
安西は、淡々と言う。
「じゃあ、
この条件では
本契約は結べません」
「……やっぱり……」
「その代わり」
安西は、紙束の一番上に
新しい紙を置いた。
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《修正案》
・業務は魔王討伐まで
・討伐後は即帰還
・勤務時間は案件単位
・死亡補償、要検討
・拒否権、双方あり
「……え……?」
「最低限です」
「……でも……
こんなの……
前例が……」
「前例がないから、
今ブラックなんですよ」
アリシア、
声を上げて泣いた。
「わ、私……
女神なのに……
なんで……
怒られてるんですかぁ……」
「怒ってません」
安西は、静かに言う。
「普通の話をしてるだけです」
その言葉に、
アリシアは少しだけ顔を上げた。
「……安西さん……」
「はい」
「……この仕事……
向いてません……」
「知ってます」
「えっ」
「だから、
マニュアルに
守られてください」
アリシアは、
しばらく黙って――
「……頑張ります……」
そう言って、
紙束を抱えた。
その背中は、
新人社員そのものだった。
⸻
白い空間が、
少しだけ明るくなる。
安西は、
誰にも聞こえない声で呟く。
「……世界を救うより、
職場をまともにする方が
時間かかるな……」




