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女神に転生させられた43歳おじさん、まず労働条件を確認します  作者: Y.K
第二章

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13/16

慣れた

慣れというものは、

 静かに始まる。


「……最近……

 スムーズですね……」


 ミレイアが、

 端末を見ながら言った。


「何がです?」


「その……

 助言が……

 なくても……」


「ええ」


 安西は、

 書類から目を離さず答える。


「人は、

 慣れます」


 管理局の回線は、

 以前より静かだった。


 だが、

 完全に沈黙したわけではない。


 内容が、

 変わっただけだ。


 《参考までに確認》

 《決定済み事項の共有》

 《事後報告》


「……もう……

 助言じゃないですね……」


「ええ」


 安西は、

 淡々と言う。


「報告です」


 それは、

 自律の兆候だった。


 あるいは――

 都合のいい解釈。


「……でも……

 これ……」


 ミレイアが、

 一つのログを指す。


「……決定理由……

 書いてないです……」


「ええ」


「……いいんですか……?」


「制度的には、

 問題ありません」


 それが、

 一番の問題だった。


 別の通知。


作戦完了

判断:現場

理由:総合的判断


「……総合的……」


「便利な言葉です」


 安西は、

 少しだけ口角を上げた。


「何も言っていないのと

 同じです」


 ミレイアが、

 苦笑する。


「……それ……

 怒られませんか……?」


「怒られません」


「……え?」


「怒る人が、

 もういないので」


 それが、

 制度が“慣れた”

 ということだった。


 そして。


 次の通知が、

 少しだけ違った。


次回作戦について

特に問題がなければ

このまま進行予定


「……問題が……

 なければ……」


「ええ」


 安西は、

 深く息を吐いた。


「問題が起きたら、

 誰かのせいにできる

 書き方です」


 ミレイアが、

 小さく笑った。


「……ちょっと……

 ズルくないですか……?」


「ええ」


 即答。


「だから、

 ここからが

 本番です」


 第十三話は、

 制度が“慣れた顔”を

 し始めたところから動く。


 自律したつもりで、

 実は何も

 引き受けていない。


違和感は、

 小さな一文から始まった。


※本作戦は

 確認済みの前提で進行する


「……確認……

 誰が……?」


 ミレイアが、

 端末を見て首を傾げる。


「さあ」


 安西は、

 即答した。


「誰でしょうね」


 数分後、

 別の作戦ログ。


特段の問題がなければ

通常通り実施

(確認済)


「……確認済み……

 多くないですか……?」


「増えてますね」


 安西は、

 淡々と答える。


「誰も、

 確認していません」


「……えっ」


「確認した“気分”に

 なっているだけです」


 それが、

 慣れの副作用だった。


 次の通信は、

 もう少し露骨だった。


安西担当案件につき

問題ないと判断


 ミレイアが、

 思わず声を上げる。


「……担当……!?

 してませんよね……!?」


「してません」


 即答。


「一切」


 端末を取り、

 一文だけ返す。


本件について

担当指定は受けていません


 数秒後。


了解

参考扱いに修正します


「……修正……

 早くないですか……?」


「慣れてます」


 安西は、

 少しだけ疲れた声で言う。


「責任が

 近づくと、

 動きは早い」


 さらに別件。


安西さんが

何か言ってた気がするので

この配置で進めます


「……気がする……」


「記憶が

 捏造され始めました」


 ミレイアが、

 吹き出す。


「……それ……

 大丈夫なんですか……?」


「大丈夫じゃありません」


 即答。


「でも、

 面白くは

 なってきました」


 安西は、

 端末にまとめて返す。


私は

本件について

確認・了承・助言

いずれも行っていません


 しばらくして、

 返答が来る。


了解しました

念のため

問題があれば

ご指摘ください


 ミレイアが、

 静かに端末を置いた。


「……結局……

 見る前提……

 ですよね……」


「ええ」


 安西は、

 深く息を吐く。


「見てるかどうかが

 重要なんじゃない」


 一拍。


「“見てくれてる誰かが

 いると思えるか”が

 重要なんです」


「……それ……

 安心……なんですか……?」


「いいえ」


 即答。


「依存です」


 誰も、

 本気では決めていない。


 でも、

 誰かが

 見ている“はず”。


 その曖昧さが、

 場を回してしまう。


 安西は、

 立ち上がった。


「……そろそろ」


「……何を……?」


「勘違いを

 正す必要があります」


「……どうやって……?」


 安西は、

 少しだけ考えてから言った。


「一度、

 本当に見ない」


 ミレイアが、

 固まる。


「……それ……

 怖くないですか……?」


「ええ」


 安西は、

 淡々と答えた。


「でも、

 それをしないと

 ギャグが

 本格化しません」


「……ギャグ……?」


「はい」


 真顔で。


「全員が

 真面目に

 ズレ始めるからです」


その日は、

 本当に静かだった。


 通知音が、

 一切鳴らない。


「……今日……

 平和ですね……」


 ミレイアが、

 不安そうに言う。


「ええ」


 安西は、

 即答した。


「一番危ないやつです」


 昼を過ぎても、

 連絡はない。


 確認依頼も、

 報告も、

 “念のため”も。


 完全な沈黙。


「……もしかして……」


 ミレイアが、

 恐る恐る聞く。


「……みんな……

 本当に……

 安西さんが……

 見てると……」


「思ってます」


 即答。


「しかも、

 今も見ていると

 思っています」


「……見てないのに……」


「はい」


 その時だった。


 端末が、

 一斉に鳴った。


 遅延通知。

 未読報告。

 後追いログ。


「……来ました……!」


 ミレイアが、

 慌てて操作する。


作戦完了報告

※事後連絡

特に問題なし(軽微)


「……軽微……?」


 安西が、

 眉を動かす。


 別件。


予定通り進行

判断済み

詳細は後日共有


「……判断済み……

 誰が……?」


 答えは、

 どこにもない。


 さらに、

 決定的な一文。


念のため

安西さんの

目を通してから

正式処理します


 ミレイアが、

 机に突っ伏した。


「……もう……

 完全に……

 都市伝説……」


「ええ」


 安西は、

 静かに言った。


「“見ていない安西”が

 勝手に仕事を

 している」


 笑えないが、

 少し笑える。


 それが、

 一番厄介だった。


「……じゃあ……

 どうするんですか……?」


「予定通りです」


 安西は、

 立ち上がる。


「本当に、

 何もしません」


「……それ……

 大丈夫ですか……?」


「大丈夫じゃありません」


 即答。


「でも、

 必要です」


 その日の夕方。


 管理局内に、

 奇妙な空気が流れた。


「……安西さん……

 今日……

 何も……

 言ってない……?」


「……え……

 でも……

 確認済みって……」


「……どこにも……

 ログが……

 ない……?」


 ざわつき。


 確認。


 照会。


 そして――

 沈黙。


「……誰も……

 見てなかった……?」


 その一言が、

 空気を凍らせた。


 数分後。


 安西の端末が、

 静かに鳴る。


緊急内部確認

状況説明を求む


 安西は、

 一文だけ返した。


本日は

一切確認していません


 返答は、

 すぐ来た。


……了解


 短い。

 そして、

 重い。


 ミレイアが、

 小さく笑った。


「……笑えないのに……

 ちょっと……

 面白いですね……」


「ええ」


 安西も、

 少しだけ笑った。


「ギャグは、

 全員が

 真面目な時に

 一番よく映ります」


 第十三話は、

 ここで終わる。


 制度は、

 初めて気づいた。


 ――

 誰も見ていなかった

 という事実に。


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