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女神に転生させられた43歳おじさん、まず労働条件を確認します  作者: Y.K
第二章

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12/16

決められない

助言要請は、

 来なかった。


 正確には――

 来なくなった。


「……静かですね……」


 ミレイアが、

 端末を眺めながら言う。


 昨日まで、

 常に鳴っていた通知音が、

 嘘のように消えていた。


「嵐の前ですね」


 安西は、

 書類に目を落としたまま答える。


 管理局内部の回線は、

 まだ生きている。


 ただし、

 内容が変わった。


 《確認依頼》

 《前例照会》

 《判断基準の再整理》


「……全部……

 “決める前”ですね……」


「ええ」


 安西は、

 小さく頷く。


「決めないための

 仕事です」


 現場から、

 直接の声はない。


 代わりに、

 中間層が増えた。


「……委員会、

 立ち上がったそうです……」


「でしょうね」


「“助言なき運用に関する

 安全性検討委員会”……」


「長い名前ですね」


 中身は、

 分かっている。


 責任を、

 薄めるための集団だ。


「……それで……」


 ミレイアが、

 少し言いにくそうに続ける。


「判断は……

 委員会で……」


「現場は?」


「……待機……

 だそうです……」


 安西は、

 初めて顔を上げた。


「……待機、

 何時間です?」


「……六時間……

 経過してます……」


 数字が、

 頭の中で並ぶ。


 疲労。

 緊張。

 補給。


「……誰も、

 止めてないですね」


「……はい……」


 現場は、

 命令を待っている。


 だが、

 命令を出す人間がいない。


 それが、

 一番危ない。


「……これ……」


 ミレイアの声が、

 震える。


「……前より……

 悪くないですか……?」


「ええ」


 安西は、

 即答した。


「助言があった時より、

 ずっと」


 沈黙。


「……じゃあ……

 安西さんが……」


「いいえ」


 遮る。


「私は、

 決めません」


「……」


「それは、

 私の仕事じゃない」


 ここで決めたら、

 元に戻る。


 便利な誰かに、

 押し付ける構造に。


「……でも……

 誰かが……」


「そうです」


 安西は、

 静かに言う。


「誰かが、

 決めないといけない」


 それが、

 この回の本質だった。


 やがて、

 現場から報告が入る。


待機命令継続中

状況変化なし

士気低下


「……低下……」


 ミレイアが、

 目を伏せる。


「……壊れます……」


「ええ」


 安西は、

 淡々と答えた。


「助言がなくて

 壊れるんじゃない」


 一拍。


「決められなくて、

 壊れる」


 制度は、

 選ばされている。


 これまで、

 逃げてきた役割を。


 第十二話は、

 ここから

 停滞を描く。


 動かない時間が、

 一番人を削る。


動いたのは、

 命令ではなかった。


 人だった。


現場判断により

偵察班を前進させる


 短い報告が、

 管理局の回線に流れる。


「……来ました……」


 ミレイアが、

 端末を見て言う。


「……委員会の……

 決定前に……」


「ええ」


 安西は、

 否定しない。


「当然です」


 六時間。

 七時間。

 八時間。


 何も決まらない時間は、

 人を消耗させる。


「……でも……

 これ、

 命令違反では……」


「形式上は、

 そうです」


 だが、

 現実は違う。


「待機が続くほど、

 判断は

 “勝手に”

 現場へ降りていく」


 次の報告。


偵察中、

敵影を確認

小規模衝突発生


「……始まりました……」


 ミレイアの声が、

 硬くなる。


 管理局内部が、

 ざわつく。


 確認。

 照会。

 責任区分。


 だが、

 誰も命令を出さない。


「……止めない……

 んですね……」


「止める権限が、

 もう

 曖昧です」


 安西は、

 静かに言った。


「委員会は

 “検討中”」


「現場は

 “進行中”」


 その差が、

 致命的だった。


 さらに報告。


偵察班、

一名負傷

継続判断を

求む


「……判断……

 求めてます……」


 ミレイアが、

 安西を見る。


 彼は、

 首を振った。


「……今、

 私が答えたら……」


「……元に、

 戻ります……」


「ええ」


 便利な誰かが、

 また生まれる。


 安西は、

 ただ、

 一文だけ記録に残した。


現場は

既に行動中

判断は

現地指揮系統に委ねる


 それ以上、

 何もしない。


 数分後。


現地判断により

作戦規模拡大

全体戦闘へ移行


「……決めました……

 現場が……」


「はい」


 安西は、

 息を吐く。


「遅かったですが、

 決めました」


 それが、

 最初の一歩だった。


 被害は、

 最小ではない。


 だが、

 崩壊もしなかった。


 数時間後、

 報告がまとまる。


作戦終了

被害:中

成果:達成


 管理局は、

 沈黙した。


 委員会は、

 何も決めていない。


 だが、

 結果は出た。


「……これ……」


 ミレイアが、

 ぽつりと言う。


「……誰の

 判断になるんですか……?」


 安西は、

 しばらく考えてから答えた。


「現場の判断です」


「……管理局は……?」


「後追いで

 整合性を取ります」


 いつも通りだ。


 だが、

 今回は違う。


「……でも……」


 ミレイアが、

 不安そうに続ける。


「……前より……

 混乱してませんか……?」


「しています」


 安西は、

 はっきり言った。


「でも」


 一拍。


「生きている混乱です」


 待機による停滞より、

 ずっと。


 第十二話は、

 ここで

 方向を変える。


 決めない制度と、

 先に動く現場。


 そのズレが、

 次の問題を生む。


静かな会議室だった。


 誰も怒鳴らない。

 机も叩かれない。


 ただ、

 資料だけが並んでいる。


「……では……

 今回の作戦について……」


 管理局上層の声は、

 淡々としていた。


「……判断経緯の

 整理を……」


 スクリーンに、

 時系列が映る。


 待機。

 偵察前進。

 小規模衝突。

 全体戦闘。


「……委員会は……」


「検討中でした」


 事実だけが、

 積まれていく。


「……助言担当は……」


 名前が、

 読み上げられる。


 安西 恒一。


 ミレイアが、

 小さく息を呑む。


「……助言は……」


「行っていません」


 安西が、

 淡々と答える。


「要請は、

 ありませんでした」


 沈黙。


「……しかし……」


 別の声。


「過去の事例では……」


「今回は、

 該当しません」


 遮らない。

 だが、

 譲らない。


「現場は、

 独自判断で動きました」


「……その判断が……」


「結果は、

 記録の通りです」


 成果:達成。

 被害:中。


 誰も、

 「失敗」とは

 言わない。


 言えない。


「……では……」


 議長が、

 言葉を選ぶ。


「……責任の所在は……」


 沈黙。


 誰も、

 口を開かない。


 それが、

 答えだった。


「……現地指揮系統……

 ということで……」


 曖昧な言葉。


 だが、

 それ以上、

 追及はなかった。


 処罰は、

 ない。


 称賛も、

 ない。


 ただ、

 回収された。


 “助言がなくても、

 作戦は進む”

 という事実だけが。


 会議後。


「……大丈夫……

 でしたか……?」


 ミレイアが、

 不安そうに聞く。


「ええ」


 安西は、

 静かに答えた。


「想定通りです」


「……でも……

 誰も、

 責任を……」


「取らない」


 それも、

 想定通り。


「でも」


 一拍。


「押し付けられなかった」


 それが、

 今回の成果だった。


 廊下を歩きながら、

 安西は言う。


「制度は、

 一度、

 自分で決めた」


「……次は……?」


「次は」


 立ち止まる。


「慣れます」


 ミレイアが、

 目を見開く。


「……それ……

 大丈夫なんですか……?」


「慣れないと、

 次に進めません」


 制度が、

 便利な逃げ道を

 一つ失った。


 代わりに、

 不安定な

 自律を手に入れた。


 第十二話は、

 ここで終わる。


 “助言なき運用”は、

 始まってしまった。


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