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女神に転生させられた43歳おじさん、まず労働条件を確認します  作者: Y.K
第二章

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選ばれない

朝は、

 誰にでも平等に来る。


 森の光も、

 焚き火の残りも、

 昨日と変わらない。


 変わったのは――

 立場だけだった。


「……正式な判断が出ました」


 ギルドの臨時連絡所。

 ミレイアが、

 慎重な声で切り出す。


 安西は、

 黙って頷いた。


 予想は、

 していた。


「管理局としては……

 あなたを

 “勇者枠”には

 採用しないそうです」


「でしょうね」


 即答。


 驚きは、

 なかった。


「……理由は……」


「聞かなくていいです」


 安西は、

 先に止めた。


「“扱いづらい”

 “前例にならない”

 “制御できない”」


 全部、

 仕事で聞いてきた言葉だ。


 ミレイアは、

 苦笑した。


「……全部、

 書いてありました……」


 机の上に、

 簡易通知が置かれる。


 ・勇者適性:なし

 ・戦闘能力:未評価

 ・指揮権限:付与不可


「……でも」


 ミレイアが、

 続ける。


「同時に、

 別の文書も……」


 差し出された、

 もう一枚。


 件名は短い。


 《現場助言要請》


「……要請?」


「はい」


 声が、

 少しだけ低くなる。


「“現場判断において

 有効な助言を行った事例あり”

 だそうです」


 安西は、

 目を細めた。


「責任は?」


「……負わない、

 って書いてあります」


「当然ですね」


 苦笑する。


「発言権だけ渡して、

 決定権は渡さない」


 それは、

 組織がよく使う

 “便利な位置”だった。


「……引き受けますか……?」


 ミレイアが、

 不安そうに聞く。


 安西は、

 少し考えた。


 焚き火の向こうで、

 ユウトが歩く練習をしている。


 まだ、

 ふらついている。


「条件付きで」


 そう答えた。


「……条件……?」


「俺の助言を

 無視する自由を

 明文化してください」


 ミレイアが、

 目を見開く。


「……え……?」


「助言はします」


「でも、

 それを採用しなかった結果は

 俺の責任じゃない」


 はっきり言う。


「俺は、

 現場を“止めた”だけです」


「進めるかどうかを

 決めるのは、

 あくまで制度です」


 沈黙。


「……それ……

 通りますか……?」


「通らないなら、

 やりません」


 安西は、

 静かに言った。


 ミレイアは、

 しばらく考えてから

 小さく頷く。


「……分かりました……」


 それは、

 交渉だった。


 勇者じゃない。

 英雄でもない。


 ただの、

 “選ばれなかった人間”。


 それでも。


 制度は、

 彼を手放せなかった。


 ――第十話は、

 そういう話だ。


返答は、

 思ったより早かった。


 管理局の簡易通信。

 短く、乾いた文章。


助言要請について

条件付きで承認する


「……承認……」


 ミレイアが、

 小さく呟く。


 安西は、

 続きを読む。


・助言は非公式扱いとする

・採用・不採用の判断は管理局に帰属

・助言内容の記録は残す

・結果責任は発生しない


「……“発生しない”……」


 ミレイアが、

 顔をしかめる。


「責任を負わない、

 じゃなくて……

 責任が、

 存在しない……」


「ええ」


 安西は、

 静かに頷く。


「“助言はあったが、

 結果との因果関係は

 認めない”って意味です」


 それは、

 条件が通ったようで、

 少し違った。


「……でも……

 無視する自由は……」


「書いてあります」


 安西は、

 一文を指す。


採用・不採用の判断は管理局に帰属


「つまり、

 俺の条件は、

 形式上は満たされている」


 ミレイアは、

 少しだけ安堵したように

 息を吐く。


「……じゃあ……

 やるんですね……」


「ええ」


 安西は、

 焚き火の方を見る。


 ユウトは、

 木の幹に寄りかかりながら

 剣の手入れをしている。


 まだ、

 全力ではない。


「ただし」


 視線を戻す。


「この立場は、

 長く持ちません」


「……え……?」


「便利すぎるからです」


 ミレイアは、

 苦笑した。


「……使い捨て……

 ってやつですか……」


「状況次第では」


 否定しない。


「でも」


 続ける。


「それでいい」


 ミレイアは、

 少し驚いた顔をする。


「……いいんですか……?」


「ええ」


 安西は、

 淡々と答える。


「俺は、

 “選ばれなかった”側です」


「最初から、

 制度の内側に

 居場所はない」


 だから。


「短くても、

 言うべきことは言います」


 その言葉に、

 ミレイアは

 小さく頷いた。


「……ユウトには……

 どう説明します……?」


「説明しません」


 即答。


「……え……?」


「彼は、

 現場に戻る人間です」


「制度の歪みを

 背負わせる必要はない」


 ミレイアは、

 少し黙ってから言った。


「……優しいんですね……」


「違います」


 安西は、

 首を振る。


「役割分担です」


 遠くで、

 ユウトが

 こちらに気づいて

 手を振る。


 安西は、

 軽く手を上げ返した。


 その瞬間。


 端末が、

 もう一度、

 小さく震えた。


次回助言対象:

北部討伐隊/作戦行動


 ミレイアが、

 画面を覗き込む。


「……もう……

 次が……」


「ええ」


 安西は、

 息を吐く。


「選ばれないまま、

 次に行かされる」


 それが、

 制度の答えだった。


 ――第十話は、

 ここで

 “立場”を確定させる。


 勇者ではない。

 責任者でもない。


 だが、

 無視できない存在。


北部討伐隊の陣は、

 整っていた。


 整いすぎている、

 とも言えた。


「……配置、完璧ですね」


 安西は、

 地図を見ながら言った。


 前線。

 後衛。

 補給。

 連携。


 どれも、

 教科書通りだ。


「はい!」


 指揮官の青年が、

 少し誇らしげに答える。


「管理局の推奨編成、

 そのままです!」


 安西は、

 小さく頷く。


「魔物の動線は?」


「遮断済みです!」


「撤退路は?」


「確保しています!」


 完璧だ。


 ――だから、

 危ない。


「……一点だけ」


 安西は、

 地図の端を指す。


「この村、

 作戦対象に

 含まれていませんね」


 指揮官は、

 少し驚いた顔をした。


「え?

 被害は、

 今のところ……」


「“今のところ”です」


 被せる。


「魔物が動くと、

 必ず人が逃げます」


「逃げた人が、

 どこへ行くか」


 指が、

 村を示す。


「……避難誘導は……

 討伐後に……」


「それが、

 一番遅い」


 安西は、

 淡々と言った。


「戦闘は、

 予定通り進みます」


「でも」


 一拍。


「人は、

 予定通り動きません」


 指揮官が、

 言葉を失う。


「……助言は……

 それだけですか……?」


「ええ」


 安西は、

 地図を閉じる。


「避難導線を

 一本、

 先に作ってください」


「討伐効率は、

 落ちます」


「でも」


 続ける。


「誰も、

 追加で死なない」


 沈黙。


 指揮官は、

 しばらく考えた。


 やがて、

 小さく息を吐く。


「……了解です……」


 端末に、

 指示を入力する。


 ――助言、採用。


 それだけで、

 作戦は動いた。


 戦闘は、

 予定より少し遅れた。


 だが、

 混乱は起きなかった。


 村は、

 静かに空になった。


 魔物は、

 想定通り討伐された。


「……報告……

 問題なし……」


 通信が、

 淡々と告げる。


 ミレイアが、

 横で呟いた。


「……助言、

 効きましたね……」


「ええ」


 安西は、

 首を振る。


「“助言が効いた”

 じゃありません」


「……?」


「問題が、

 表に出なかっただけです」


 それが、

 彼の仕事だった。


 派手な勝利も、

 称賛もない。


 だが。


 管理局の記録には、

 こう残った。


助言:採用

結果:特記事項なし


 ――それが、

 一番怖い評価だ。


 制度は、

 “使える”と判断した。


 そして、

 “危険ではない”と

 誤解した。


 第十話は、

 ここで終わる。


 選ばれないまま、

 仕事だけが増えていく。


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