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死神省の人間監査官 ―この世で最後に生きている人間が、最初に“死神”を審査する。  作者: 妙原奇天


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第5話 「神の裁判」

Ⅰ.開廷通知


【死神省 特別審問会 開廷通知】

審問名:「神の不在」について

審問日:本日(終末)

審問官:第六死神《人間》 雨宮リク

被告:記録者・忘却者・反逆者・創作者・神(欠席)

備考:陪審員は読者各位とする


 ――俺は、法廷にいた。


 会場は、死神省の最上階。

 天井はない。

 代わりに、星のような魂の光が瞬いている。

 壁一面にはスクリーン。そこに記録者・忘却者・反逆者・創作者の姿が映っていた。


 彼らは証言台の前に並び、

 俺の方を見ていた。

 そして――席の最奥、空の椅子。

 そこには「神」と書かれた名札が、

 埃をかぶって置かれていた。


「これより、神の不在審問を開始します。」

 俺はそう告げ、記録ボタンを押した。


Ⅱ.証言者たち

【第一証言:記録者】


 スクリーンの中の鏡が、淡く光った。

 「神の不在により、記録基準が崩壊しました。

  誰が“死”を宣言するのか不明のまま、死者が増えています。」


「原因は何だと思う?」


「“正しさ”の定義がなくなったことです。

 あなたが神を削除した瞬間、世界は“正誤不能”になった。

 記録は残っても、意味は残らない。」


「……俺のせいだと?」


「神を消したあなたは、正誤を裁けない。

 それを“監査”と呼ぶなら、世界は無限に監査され続けるだけです。」


 鏡がひび割れ、光が散った。


【第二証言:忘却者】


 霧の中から白い影が立つ。

 「私は忘却を仕事にしてきた。

  でも神がいない今、誰を赦せばいい?」


「赦しが不要な世界は、平和では?」


「違う。赦しがない世界は、“痛みを分かち合えない”世界です。」

 彼女は灰をすくい、手から零した。

 「この灰が、あなたの妻の記憶です。」


「やめろ!」


「あなたが叫ぶ限り、私は削除を続けられる。

 忘却とは、愛の逆さま。」


 霧が消えた。

 机の上に、冷めたコーヒーの跡だけが残った。


【第三証言:反逆者】


 黒い羽をひらめかせて、反逆者が笑った。

 「神がいないなら、生きる義務もない。

  だが、お前はまだ“正しい死”を守ろうとしている。」


「職務だからだ。」


「職務――その言葉でどれだけの人間が死んだ?

 神の不在を埋めるために、人間は“ルール”を神にした。

 お前はその最終形だ。」


「じゃあ、どうすればいい?」


「生きろ。ルールを壊す責任を負え。

 神を殺したお前は、“自由”を与えられた唯一の生物だ。」


【第四証言:創作者】


 舞台の幕が開き、黒髪の女が立った。

 「この世界は、あなたが書いた物語です。

  “神の不在”も、“審問”も、あなたが描いた。」


「俺が……?」


「あなたは、すでに“神”を代行している。

 今の世界は、あなたの文体で動いているのです。」


「俺が書いている限り、世界は続く?」


「ええ。けれど、書き続けることは、生き続けることと同じ。

 あなたの筆が止まった瞬間、この世界は終わります。」


 ペンが、手元で震えた。

 彼女は静かに言った。

 「最後に――選んでください。

  “神を裁く”か、“物語を終える”か。」


Ⅲ.審問の終わり


 法廷に、静寂が満ちた。

 俺は深呼吸をし、

 書類の最終ページを開いた。

 タイトルが印字されている。


【死神省特別審問報告書】

結論:神の所在について――


 その下は、空白。


 俺はペンを持った。

 だが、書けない。

 文字を記すたび、世界が震え、天井の星が落ちていく。


 反逆者の声が響いた。

 「書くな。お前が神を裁くとき、物語は死ぬ。」


 忘却者の声が重なった。

 「でも、書かなければ、痛みは終わらない。」


 創作者の声が囁いた。

 「どちらでもいい。あなたの選択が、物語を決める。」


Ⅳ.結末分岐


俺は、深く息を吸い込んだ。

ページの上に、二行だけ書いた。


【Aエンディング:審問を閉じる】


『神の不在は、神の存在証明である。』

審問を終了する。世界は静かに再起動した。

俺は書類を閉じ、次の朝、コーヒーを淹れた。

味は、少しだけ甘かった。


――終わり。

(世界は続く。だが、彼は筆を置いた。)


【Bエンディング:物語を終わらせる】


『神を裁く。罪状:放棄。刑:永遠の無音。』

ペンを置く。

その瞬間、すべての文字が光になり、世界は消えた。

光の中心で、声がした。

「ありがとう、書いてくれて。」


――終わり。

(世界は消えた。だが、彼は書き終えた。)


Ⅴ.終審報告


【監査記録:第六死神《人間》】

状態:終了または続行

監査官:不明

備考:この文書を読む者が、次の審査官となる。


(第5話 完)

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