四十四輪目「魔法」
(……戦闘の心得があります。徹すれば、回避もできるかと。此方を解放してください)
(でも――)
(オア様! このままではジリ貧です。此方は守られるだけの王女でなどありたくありません。帰るために、解放してください)
(……わかった)
【花精霊羽織】からアニスを解放すると同時に、付与魔法の効果が切れた。
「アニスはなるべく僕の後ろにいて」
「はい――。すみません、次の付与魔法はもう少々お待ちください」
恐怖のせいか、もしくは魔力が切れかけているせいか分からない。
アニスは呼吸を荒くして、顔を蒼白に染めていた。
「一緒に、帰ろう」
さっきよりも重い宣言だ。
「ふふっ……美味しい林檎酒、是非ご馳走してくださいね」
「そうだね、約束する――」
「ええ、素敵な夜を過ごしましょうね――」
始まった一方的な凌辱。
僕のステイタスでは、致命傷を避けるので精一杯。
少しずつ増えていく傷。失われる血と体力。
気力さえも蝕んでいく。
一体が至近距離で剛腕を振るい、残る一体が戦闘で出来た岩石をアニス目掛け投擲する。
砲弾のように飛ぶ岩をアニスは懸命に避けた。
けれど、全てを避け切ることなどできず、命中しそうな砲弾は僕が【花精霊羽織】で弾いた。
その瞬間、僕にできた隙を狙い攻撃される。
そうやって、追い詰められていく。
二体のホブゴブリンは、見事というほかない連携を披露する。
拍手喝采したいほどだ。
体験したことないモンスターの狡賢い連携。
ブラックゴブリンは悪質極まりない置き土産を残した。
投石はもちろん、腕の長さも決定的に異なり、僕は自分の間合いへ相手を引き込めない。
反撃することも許されず、ままならない時間が経過していく。
『…………』
「んっ――!」
静かに現れ奇襲を仕掛けた時同様、ブラックゴブリンの指示が残っているのか、ホブゴブリンは無言で攻撃を放つ。
「詠唱う――」アニスの詠唱が始まると苛烈さが増し、一発が致命傷級の難撃を血や精神をすり減らしながら、その時が来るまでひたすらに捌き耐える。
「――同化繋がって。【以心雷心】!!」
詠唱の完成。待望の瞬間。反撃の時を証明する光が全身を包んだ。
(オア様、あり……ったけ、で、す)
(ありがとう、アニス。あとは任せて)
(どうか、ご無事……で――)
地面に沈む音が聞こえた。
魔力切れでアニスが意識を手放したのだろう。
初めて貰った付与魔法より光が弱い。
感覚からするとよくて一分。それまでに眼前の敵を倒さないとならない。
倒す前に付与魔法が切れたら?
今の僕のステイタスや技術では逆立ちしたって太刀打ちできない怪物。
二体が相手では、状況が好転するわけでもない。
『……』
「ぐぅぅっ……」
『……』
「っっ!!」
一糸乱れない連携。それどころか、練度が増している。
二体は気絶したアニスを集中して狙う。
僕がアニスを守ると理解して、僕に隙を作る為アニスばかりを狙う。
(逃げ出したい――)
アニスを見捨てたら、僅かな隙間から逃げ出せるかもしれない。
助かるかもしれない。
ニーソ様に「ただいま」だって言える。
メアリお姉さんを悲しませずに済む。
(怖い――)
体は正直だ。恐怖で腰が引けている。
使命感や責任感で無理矢理奮い立たせている。
(怖い、逃げたい――)
本能と感情がせめぎ合う。
アニスを守りたいという気持ちは、今にも臆病な本能に屈する寸前だ。
(怖い、でも――)
僕を信じてありったけをくれたアニスを見捨てる理不尽なんて選べない。
助けなきゃ、一緒に林檎酒を飲みに行くと約束したんだ。
「シッ!!」
戦わなきゃ、僕を星と讃え羨望を向ける犬人族のリーラヤの双子に応えるために。
「せやあッっ!!!!」
挑まなきゃ、【オダマキ・フラトリア】のみんなと、セフィさんと肩を並べて冒険するために。
「ハアァッ!!!!!!」
叶えなきゃ、格好いい冒険者に絶望を覆す不条理な冒険者になるんだ。
「ハアアァァッッッ――――!!!!!!」
帰らなきゃ、ニーソ様とメアリお姉さんが待っている。
僕は冒険者だ、男だ。
(それなら――約束は死んでも守れっ!!)
ここで逃げて生き残ったとしても、冒険者としての僕は死ぬ。
生きた屍骸となる。
後退など許されない、抗え、自分と戦え、敵と戦え、向き合え、帰るために戦え!!
両目に刻まれたニーソ様の花紋に熱が生じる。
けれど痛くはない。
気持ちがいいくらいだ。高揚感が全身に浸透して力を漲らせてくれる。
「!?」
待ち望んだ瞬間だ、二体が縦一列になるこの時を狙っていた。
ホブゴブリンが放つ岩弾をも防ぐなら、ホブゴブリンすらも飛ばせる。
「――薙ぎ払え!! 【花精霊羽織】!!」
左腕を横に薙ぐ動きに合わせて伸びた【花精霊羽織】が、閃光を放ち二体のホブゴブリンを吹き飛ばす。
直後、砂塵が舞う中僕は畳み掛ける。
(先ずは――)
弾け転がり飛んだホブゴブリンだ――
「――はああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」
『グオォッ!?』
ダメージを受けたことで指示が解けたのか、ホブゴブリンは唸り声をあげて迎撃の構えを取ろうとしたが、僕の方がほんの僅かに速かった。
『――――!?!』
横一線に滑らせた斬撃が首を切り裂く。
勢いのついた斬撃は首半分まで切り開き、断末魔の代わりに血を吐かせた。
最後の意地、なのかドス黒く光らせた双眸が僕へ向く。
そしてそのまま色を失いほろりと崩れ灰となった。
最期を見届けた後、付与魔法の光が消失した。
途方もない脱力感が全身を襲う。
「はあっ、はっ、は……」
乱暴に息を吐いては吸う。
喘ぐ肺を無視して、もう一体へ顔を向ける。
相棒を失った怒り。吹き飛ばされた怒り。
残されたホブゴブリンは怪物に相応しい形相を僕へ向けていた。
(ありがたい――)
アニスの存在を忘れて、僕に夢中となってくれている。
でも、付与魔法なしで僕に倒せるか?
満身創痍、疲労困憊の圧倒的不利な状況で。
残されているのは意地と二振りの愛刀。
恐怖心はあるが、これまでにない程に頭は冷静だ。
花紋は――大丈夫。まだ熱い。最高に燃え滾っている。
「ふぅぅ……――――」
起死回生、一発逆転の魔法を僕は持っていない。
でも、誰にでも使える勇気を奮い立たせる魔法なら知っている。
怒りを力に、恐怖を勇気に、絶望へと立ち向かう為の魔法の言葉。
目に力を籠め、かつ表情は涼しく。
燃え滾る気迫を【花精霊羽織】に乗せ靡かせる。
シュバッ。シュババッッ――。
足を広げ、どっしりと力強く立ち、ビシッと指差し決め姿勢。
「ククククッ――」
大きく息を吸え。
「すぅぅ…………――」
全てを吐き出せ!!!!
「お前はああっ、僕を怒らせたっっっ――――――!!!!!!!!!!」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッッッ』
一人のヒューマンと一体の怪物が猛々しく吠える。
これが最後の戦闘だ。




