四十三輪目「奇襲」
「【以心雷心】!!」
白、いや白光の中に翡翠色が混じる光が僕の体を包んだ。
(オア様、前です!)
心に響くアニス様の声。これが『繋がる』意味なのだろう。
「シッ!」
さっきまで必死に避けていた拳を難なく躱し、ナイフで斬り裂いた。
『グオウッ!?!』
初めて悲鳴をあげたホブゴブリンの目や顔が怒りに染まった。
凄い形相だ。
おかげで単調な剛腕がさらに避けやすくなった。
「はあっっ!」
無傷だったもう片方の腕を斬り裂く。
ホブゴブリンは僕を敵と認識したのか、これまで以上に巨腕を振り回し乱撃を繰り出した。その全てを躱し、反撃をお見舞いする。
体が熱い。アニス様の力が流れ込む。
万能感のような感覚。このままいけば、ホブゴブリンを倒せる!
(オア様、残り十秒で付与魔法が切れます)
(充分だ、ありがとうアニス!)
いくら剛腕を振るっても当たらない。
当たるどころか振るう度に傷が増えていく。
ホブゴブリンの目は段々と恐怖に染まる。
そして、手首を切り落としたところで足を一歩後ろへずらした。
(ここだ!)(今です!)
アニスと意識が重なると両目の花紋が熱くなった。
ホブゴブリンの動きが止まったかのように、眼前の光景が緩慢に見えた。
脚に力を籠めろ、ナイフを握り締めろ、心臓目掛けて飛び込め――!!
ありったけを籠めた突貫。心臓への一突き。
『グォ……?』
断末魔としては情けない遺言。
ナイフを引き抜くと、どす黒い液体が拭き出した。
僕の渾身の一撃は、ホブゴブリンに死を認識させることなく魔種へと変えさせた。
「――っは、はぁ……勝った」
呼吸を忘れてしまう程に集中していた。
空気を吸い込むと、体が緊張や恐怖を思い出したかのように、どっと汗が噴き出した。
「オア様――お見事です!!」
「ほわぁっ!? アニス様!?」
飛び付いてきたアニス様に刃が当たらないよう抱き留める。
「とっっっても! 格好良かったですっ!!」
「はは……どうにか、アニス様のおかげで勝てました」
何かが気に入らなかったのか、アニス様は子供のように頬を膨らませた。
「此方のこと、アニスと呼ばれましたね。オア様?」
「あ、え? そうでしたか?」
呼んだだろうか?
……うん、最後の方に呼んでしまった記憶がうっすらと残っている。
「親と兄からしか呼ばれたことがないのに……責任、取ってくれますね?」
身長150c程。
ニーソ様並みに綺麗な白髪、そこに混じる翡翠色の髪。
今気付いたけど付与魔法と同じ、幻想的で綺麗な色だ。
美しくも可愛いハイエルフのお姫様が、頬を染め、碧眼を潤ませ、上目遣いで責任をと問う。
(く……屈してしまいそうだ)
反則級の懇願は、ホブゴブリンよりも手強い。強敵だ。
「だ、ダメです! ハイエルフ様に、しかも未成年者に手なんて出せません!」
「ふふっ――。此方はこう見えてもお酒も嗜む二十歳ですよ」
「二十歳……え、二十歳!? 僕が十五だから……年上のお姉さん!??」
疲労や混乱のあまり、簡単な計算も頭が追い付かなかった。
「はい、そうなります。年上のお姉さんです。それに王女と言っても六番目。将来有望な殿方でしたら、婚姻も問題ありません」
そうなの? ハイエルフ様が奥さんかぁ……悪くない。
むしろ僕には勿体ないくらいの超贅沢だ。
「けど、どちらにせよダメですね。僕は別に有望な冒険者ってわけじゃないですし――」
あとどうしてかセフィさんの顔が脳裏にちらついた。
「ですし、なんですか? オア様は此方の体に傷(花紋)を刻んだ責任を負っていたたけないのですか?」
「え、傷!? ケガですか!??」
「むぅ、花紋のことです」
捉え方次第では花紋も傷と似たようなものだけど紛らわしい。
本気で焦ってしまった。
あれ、でも待てよ。今さらだけど何かおかしくないか……
「……花紋、は?」
「刻まれておりますよ。どうぞご覧になって下さい――」
十六歳を超えたら花紋が刻まれないことは『下界の楽園』の常識だ。
それなのに、透明感のある白磁肌の胸元には鮮明に花紋が刻まれていた。
アニス様の花紋には翡翠の線が入っているが、おそらく僕と同じニーソ様の花だ。
(……でもどうして?)
「あの、オア様。そんなに直視されると此方も恥ずかしいです。夜、種石灯の明かりが抱き合う此方たちの影を揺らす部屋でしたら、隅々まで存分に見ていただいて結構ですが……」
ぽっ。ちらっ。ちらっ――と。アニス様は恥じらい顔を僕に見せる。
「す……すみません!! そんなつもりはなくて!!」
熱い、付与魔法された時以上に体が熱い。
燃えている!
「ふふっ、此方の貧相な体でもオア様には有効っと。いい情報を得ることが叶いました」
僕はこの顔を知っている。
メアリお姉さんやニーソ様が、僕を揶揄ったあとに見せる顔だ。
「……アニス様、油断は禁物です。残りの二体が来る前に帰りましょう」
「格好いいのに可愛らしいオア様。増々、好きになってしまいました」
楽しそうにころころと喉を転がすアニス様。
年上お姉さんはみーんな、僕を揶揄って意地悪だ。
「……ちなみに、魔法はあと何回くらい使えそうですか?」
「残り一回。頑張れば二回はいけそうです。ですが、先ほどは加減が分からず、かなりの魔力を籠めてしまいました。次も同じだけの効果を発揮するのは難しいかもしれません」
先の一戦はギリギリのようで余裕があった。
付与魔法に慣れていないせいで戸惑いもあったけど、次からはもっと上手に戦える。
それに、もしもの場合は付与魔王後にアニス様を抱えて逃げに徹してもいいだろう。
「……一緒に、帰りましょうね」
「はい! 地上へお戻りになられたら、オア様は何をなされたいですか?」
「何でしょうね? 花精霊ニーソ様へ挨拶をして、睡眠をとる……んーでもその前に串焼きが食べたいかもしれません」
ダンジョンから帰還したら串焼きを食べる。
実際にできたことはないけど、セフィさんとの約束が記憶に強く刻まれているからイメージが湧いた。
「いいですね! リーエンの串焼きは此方も楽しみにしていたんです」
「春区に美味しいお店があります。あ、林檎酒は好きですか? 近くにアールさんという男性が営んでいる女性に人気の酒屋もありますので、よければ是非!」
「それは……お誘いいただいた、という認識で構いませんか?」
単なる紹介のつもり。
誘った認識など微塵もなかったけど、そう捉えられてもおかしくない台詞だった。
「それはえっと――」
『ブギャギャッ!』
「「!?」」
ブラックゴブリン!? それに――ホブゴブリンが二体。
その内の一体が僕ら目掛けて突進してくる――――
「――アニスを守れ!」
「オア様!?」
【花精霊羽織】でアニスを包み、引き抜いたナイフで突進を受け止めたが、
「クッ――――」
準備もままならない中途半端な体勢では突進を止められず、アニス諸共、数m先まで吹き飛ばされてしまった。
転がった先で即立ち上がりスコップも引き抜くが、僕を吹き飛ばしたホブゴブリンは、すでに巨腕を振り上げていた。
「ッッ!!」
膝を着きながらも辛うじて受け止めるが、奥の方でもう一体が突進の構えを取っていた。
「はああぁっっ!!!!」
押し返したい、だというのにびくともしない。
どうしたら――そう思った時、付与魔法が施された。
(急いだので長くは持ちません!)
(ありがとうアニス!)
纏雷。
文字の如く上がった筋力で拳を押し返す。
勢いよく突進してきたホブゴブリンを往なし、壁に衝突させる。
僕は指示役のブラックゴブリンに目標を定め、駆け出す――。
『!? ブギャギャッ!』
何か指示したところで、もう遅い!
面倒なブラックゴブリンを倒して離脱しよう。
力の限り爆進するが、ブラックゴブリンは顔を厭らしく歪ませ――――
空気や鼓膜を震わす凄まじい衝撃音が響くと同時に、通路の中へ姿を消した。
(くそっ! ごめん、アニス――)
(オア様?)
僅かな隙間だけを残し大岩で塞がった通路に背を向け、僕は二振りの武器をホブゴブリンに向けた。
(――退路を塞がれた)
戦うしかない。




