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不条理と片足ニーソと花精霊記  作者: 山吹祥
第六話『冒険』

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四十二輪目「共闘」

名も無き忘却の巨人ネームレス】の力を色濃く受け継がれたモンスターは、【巨人】の名を冠している。


 灰緑巨人トロールは、その名の通り四メルを越える巨体の持ち主だ。

 体中から生える無数の蔓で多様な攻撃を繰り出すトロールの討伐難易度は、


『最低でもレベル2の冒険者一人を含む四人パーティである』


 とギルドが推奨している。

 十二階層にしか出現しない筈の凶悪モンスターは多くの冒険者の命を奪い、また反対に打ち倒すことでレベル2へ昇格する、冒険者の力量を計る試種石しきんせきとされている。


 故に、レベル1の駆け出し冒険者が間違えても一人で挑んでいい相手ではない。

 現に、トロールの咆哮を至近距離で浴びた僕は、恐怖で呼吸も忘れ体が竦んでしまった。


 指一つ動かせず、巨腕を振り被るトロールの姿をただ茫然と眺めているだけで精一杯だった。


「横に跳べぇぇぇぇぇーーっ!!」

「!!?」


 シアンさんの叫びで硬直が解ける。と、同時に僕は反射的に横へ跳ぶが、それよりも速く迫る大きな拳が【死】を直感させた。


「――やらせるかあッ!!!」


 シアンさんが間に入りカバーしてくれたおかげで死は免れた。


「クッ――」


 けれど、無理な体勢だったため片手剣では拳を受けきれず、シアンさんは通路の先へと吹き飛ばされてしまった。


『…………』


 トロールは斬られた自分の拳を見た。

 次に、傷を負わせたシアンさんが吹き飛んだ通路へ顔を向けた。


 僕は呼吸を止め気配を消そうとするが、恐怖から上手にできない。

 逃げたい。一秒でも速く逃げ出したい。

 でも、トロールから逃げ出すことは不可能に等しい。


 六階層でトロールの出現は、アニス様が花紋を刻んだことで起きた異常だ。

 産まれ堕ちた直後はアニス様に視線を定めていた。

 逃げたとしても、アニス様の種を簒奪さんだつしようと追って来るに違いない。

 それなら戦うしかない。


(できるのか?)


 いや、やるんだ。初撃さえ耐えれば、みんなが戻ってくる。

 レベル2が二人と、それに近い冒険者が一人。

【オダマキ・フラトリア】の三人ならトロールにだって負けない。


 僕の役目は、それまでアニス様を守ることだ。


 至近距離で咆哮を受けて気を失ったアニス様を【花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン】で頭まで覆い隠す。

 それからナイフを構えたのだが、動きに気付いたトロールが僕へ一瞥を向けた。


『…………』


「ッ!!」


 トロールは虫を払うかのように蔓を振るった。

 眼でどうにか追いナイフで受けたが、力の差は絶望的にまで歴然だった。


「――カハッ」


 気付けば壁に打ち付けられ、僅かに肺に残っていた空気を全て吐き出していた。


 苦しい。痛い――。


 引き千切られたような痛みが全身を襲った。


(でも、立たなくちゃ――)


 震える手や足に力を籠め必死に立ち上がるが、トロールはすでにいなかった。


(どこだ……え――)


 唯一の退路。進入してきた通路が、蔓や蔦で塞がっていた。

 人一人が通れる隙間すらない。すると、


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッ!!』


 トロールの咆哮に続き、通路の奥から戦闘音が聞こえてくる。


 目障りな虫を払ったトロールは、自身に傷を負わせたシアンさんを追って行ったのかもしれない。


「……助かった、のか?」


 退路を塞がれたのだから助かってなどいない。

 重圧から解放されたことで淡い錯覚をしてしまった。


(そもそもトロールはアニス様を狙っていたわけじゃないのか?)


 いや、そんなことよりもアニス様の安否確認が先だ。

花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン】を動かし確認する。


 今も意識はないが、問題はなさそうだ。

 ニーソ様が豪語していた通り、【花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン】は衝撃吸収力が優れているようだ。


 壁に叩き付けられた時は引き千切られたような激痛に襲われたけど、手も足も動く。

 アニス様を守り切っただけでなく、僕のこともしっかり守ってくれた。


(ニーソ様、ありがとうございます)


 感謝の念を捧げ、残っていた体力回復薬ポーションを一気に呷る。


 少しは冷静になった頭で方針を決めなければならない。

 動けるなら援護にいくべきか?

 いや、たった一薙ぎで吹き飛ばされて満身創痍に陥るなら、足手纏いは必然。

 それなら、この場でアニス様を守っていた方がいい。


 だとしたら片手が塞がった状態はまずい。

 今のうちにアニス様を背中へ移し変えておこう。


 よし、これならゴブリンやコボルト程度なら対処も可能だろう。


「ふぅー……」


 希望が見えてきたか、な……――



 ――パキン



 小休止。インターバルの終わり。

 気を抜き油断した僕を嘲笑うかのように、不吉を知らせる音塊が鼓膜を震わせた。


 トロールが産まれ堕ちた時と同じ、朱殷しゅあん色に咲く花。

 ホロホロと色褪せた花弁が種子となり、ひと際大きな種子だけを残し、他は全て空間に散乱される。



 蒔かれた種子は一体のブラックゴブリンと四体のゴブリンへと変貌。

 トロールと比べたら可愛らしい産声をあげたことで、不謹慎にもどこか安堵した気持ちとなった。


『ブギギャッ!!』


 ブラックゴブリンが辺りに散乱する剣や槍、盾を指差し、ゴブリンらが拾いに向かう。

 武器を扱うゴブリンと無手のゴブリン。

 前者と後者では倒しやすさが違う。


 ナイフ、そしてスコップを引き抜き、装備される前にゴブリンへ速攻を仕掛ける――


「――シッ!」


 体力回復薬ポーションで体力が回復していたこともあり、ブラックゴブリンも含めて苦戦もせず殲滅する。


 すると頭上でまた『パキン』となった。

 けれど、やはりトロールが産まれることはなく過程や結末は同じだ。


 それがもう一度。

 計三度ブラックゴブリンらとの戦闘を繰り返した。


(これで終わり……のはずがないっ!)


 まだ、ひと際大きな種子が三つ残っている。


 機が熟したと言わんばかりに、三つの種子が倒したばかりのゴブリンらの遺灰の中へと蒔かれた。


(遺灰がモンスターを産む栄養になるなんて知らない!)


 これではまるで遺灰が溜まるのを待っていたかのようだ。

 蒔かれた三つの種子の栄養となるため、遺灰が這い集まり絶望への饗宴を整える――。



 格好良い冒険者に憧れてダンジョンに潜っていた。


 いつかセフィさんとまた冒険がしたいと夢みていた。


 そんな熱情や希望を無常へ誘う形態に種子が変貌する。



 筋骨隆々、三メルを超えるゴブリンの巨漢。

 本来、十階層から出現する【小鬼巨人ホブゴブリン】。


 トロールより遥かに劣るが、レベル1の新米冒険者では敵わない格上モンスターの筆頭だ。

 それが三体、咆哮をあげるわけでもなく静かに産まれ堕ちた。


 ホブゴブリンの目を見て、僕は失敗を自覚した。


 トロールは目的のアニス様を見失ったから狙いをシアンさんへ変えたのかもしれない。

 今とさっきの違いは、アニス様を【花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン】で全身を覆い隠しているかどうかの差だ。


 現にホブゴブリンの黒い瞳は、露わになったアニスを映している。


(クソッ――)


 今さら遅いかもしれないがアニス様を包み隠す。

 すると途端に三体のホブゴブリンが、鋭い目を辺りに散らした。


 やがて――――標的を僕に変更させた。


 気味の悪い静けさ。重く澱んだ空気が浸る空間。

 ホブゴブリンが塞ぐ通路の先から戦闘音が聞こえる。

 トロールはまだ生きている。つまり助けは来ない。


 打破するには時間を稼ぐか、僕がホブゴブリンを倒すか、先に進むかの三択。


 アニス様を背負い三体を相手取るのは無理がある。

 かといって進んだ先で更なる危険と遭遇する可能性もある。


 絶体絶命の窮地。首筋に流れた冷たい汗が死を予感させる。


 呼吸の仕方を思い出せない。

 ホブゴブリンはなぜ身動き一つ取らないのか。僕はどうしたらいいのか。


 湧きあがる疑問や思考の渦に憑かれる中、さらに『パキン』と音がなった。


 それが決断の合図となる。


 ホブゴブリンの目に殺意の意志が灯る。


 僕は生きてニーソ様が待つホームへ帰るために、進路を先に決めた。


 身を翻し、全力で駆け出すと同時に重苦しい咆哮があがる――――――





『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッッッッ』』』





 円型の空間を逸し、通路を疾走する。

 振り返らずとも分かる。

 三体のホブゴブリンが追って来ている。


 運のいい事に通路は広くない。この状況を利用すれば一対一を作れるだろう。


 反転して戦う?

 却下だ、一か八かの賭けをするには分が悪すぎる。


「はっ――はっ――」


 頭に響く呼吸音。三年前を思い出す。

 あの時はセフィさんが笑って、僕は真似しようとしたのに、頭のおかしい笑い方を披露してしまった。


 リベンジしてみる?


 いいや、止めておこう。今笑ったら、本当に気が狂ってしまいそうだから。

 笑うのは無事にホームへ帰還してからに取っておこう――。


 疲労を訴える四肢や肺を無視して、神経を研ぎ澄ませ、奥へと入り込んでいく。

 曲がり角を右へ、左へ。平らな地面。時折現れる悪路。

 頼りはオミッサ花の薄赤の明かりだけ。

 無秩序な迷路の構造は、あてもなく彷徨う僕らの進路に付き纏う。


 ひたすら走り続け、路を抜けた先で三股路へ辿り着いた。

 ホームへの思いが募るだけ器用と敏捷のステイタスに補正が掛かる【帰巣本能アスプリゾーニ】のおかげで、ホブゴブリンとの距離に差が開いていたが、足音や声は聞こえるから依然として追って来てはいるのだろう。


 運がよければこの三股路でホブゴブリンが三手に分かれるかもしれない。

 そうしたら逃げられる可能性がグンと上がる。


 迷っている暇はない。

 左の路を選び、さらに奥へと進む。


 到着した場所は行き止まり。馴染み深い半円型・・・の空間だ。

 不幸中の幸いでモンスターが現れる気配は感じない。

 だが、逃げ場所がない。


 万が一にも三体のホブゴブリンがやって来たら今度こそ終わりだ。

 引き返す……?


 いや、重苦しく感じていた死の気配が薄い。

 それなら今の内に少しでも休憩しておこう――。


「ふぅぅー……」


「オア、さま?」


「!? アニス様! 目が覚めましたか!? どこか体に痛いところとかないですか!? 僕、逃げるのに必死で結構激しく動いちゃって――」


「ふふっ」


 どうして女の子は笑えるのだろうか。


「……アニス様?」


「オア様が真っ先に此方の心配をしてくださったことが嬉しくて、つい不謹慎にも笑みがこぼれてしまいました。ふふふ――」


 連続で発生した異常。

 生きた心地のしない死との追い掛けっこ。

 全身が緊張状態に陥っていたけど、絶望感を忘れさせるアニス様の笑い声でほんの少しだけ力が抜けた。


 強い人だ、アニス様もセフィさんも。


「……元気そうで何よりです。花紋は、安定しましたか?」


「はいっ、魔法も発現しましたので、少しはオア様の力になれるかと思います」


 魔法!? 羨ましい……でも、エルフは魔法の発現率が高いって聞く。

 ハイエルフのアニス様なら当然のことなのだろう。


「僕だけじゃ勝てません。アニス様の力を貸してもらえますか?」


「もちろんです。現在の状況をお聞かせください――」


花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン】からアニス様を解放。それから、アニス様が気を失っていた間の出来事を手短に説明する。


「……皆さまを、此方の我儘に巻き込んでしまいました。頭を下げて済む話ではありませんが、申し訳ありませんでした――」


「気にしないでください。先輩冒険者は、雛鳥を守り導くものなんです。いつかアニス様が導く側になった時に雛鳥を守ってあげてください」


「……オア様」


「格好良くいいましたけど、【オダマキ・フラトリア】のシアンさんの受け売りです」


 まさかこんなに早く使う時がくるとは予想もしていなかった。


「ふふ、もう、オア様ったら」


 僕自身、誰かを守り導けるほど成長もできていないけど、アニス様が笑ってくれたならよかったのかな。それよりも――


「――アニス様、ご準備ください」

「!?」


 激しい足音と振動に気付いたのか、アニス様も唯一の通路へと振り向いた。


「僕が絶対に守ります。だから帰るための力を貸してください」


「微力ながら、オア様の一助となれるようお努めします」


「はい!」


「私の魔法は自分と任意の相手へ雷の付与魔法エンチャントを行い繋ぐことができるようです。詠唱に長い時間を必要としませんが、魔力の消費が多い上に杖がありません」


 繋ぐ、の意味が分からないけど稀少な付与魔法エンチャントの発現は心強い。

 魔法効果をあげ、魔力消費を効率化する杖がないため魔力の消費が心配だけど、元はなかったものが増えたのだ。


 それに筋力や敏捷のステイタスに補正が掛かる雷系統なことも僕と相性がいい。


「アニス様下がって!」


 ゴブリンには見えない巨体が一歩、また一歩と半円型の空間に侵入してくる。

 地を踏み付け、振動と音を響かせるのは、追い詰めた獲物が逃げ出さないように、威圧しているからだろう。


 浅はかな目論見は効果抜群だ。脚の震えが止まらないのだから。


(こわいっ)


 でも、相手は一体。

 それに今の僕はお姫様を守る騎士みたいで、格好いいじゃないか。


 これが武者震いってやつだ。


 だから立ち向かえ! 僕は僕にそう無理矢理言い聞かせる。


 身の丈は三メルを超える巨漢。

 腕の太さは僕の胴よりも太い。

 僕の薄っぺらな耐久力では、筋肉の塊の先に付く拳を喰らえばひとたまりもないだろう。


 でも――退くことはできない。


『ウオオオオオオォォォッッ――』


 開戦の狼煙が挙がった。

 ホブゴブリンの短い咆哮に向かって僕は地面を蹴り抜く。

 振り下ろされた巨腕をナイフとスコップで受けとめる。


「クゥッ――――!」


「オア様!?」


「平気!」


 受け止めた両手からつま先にまで響く衝撃。

 でも、トロールの一薙ぎと比べたら絶望とはほど遠い。


 ホブゴブリン相手なら僕でも何とか戦える――。


「――詠唱を!」


「詠唱う――【出逢いは運命さだめ。走る雷撃。落ちる恋雷】――」


 魔力のない僕にでも膨れ上がる力を感じた。

 それはホブゴブリンも同じだったのか、僕の後ろにいるアニス様へ視線を向けた。


「お前の相手は僕だ!」


 スコップで掬った土を顔面目掛けてぶちまける。


『グオウッ――』


 一時的に目を潰した。このチャンスに追撃を仕掛けようとしたが。


「っっ!?」


 適当に振り回される巨腕が邪魔で近付けなかった。


「――【衝撃が結び魂の波長が交じり合う。宿命さだめの螺旋に乗って意識の波が響き合う】――」


 三年前と同じだ、僕は詠唱が完成するまで耐えればいい。

 アニス様へ意識を向けさせないために、避けて、耐えて。薄皮しか裂けなくとも斬って、避けて、耐えてを繰り返す。


「――【此方の心。其方に伝えたい。其方の心。此方は知りたい】――」


 ホブゴブリンが繰り出す拳は単調なのに、やはり恐ろしかった。

 頬を歪ませるほどの威力と速度の拳風に何度も戦慄させられた。でも――。


「――【共鳴の波動が花星の光を繋ぎ合う。同化繋がって】――」


 アニス様を通して詠唱の完成が伝わる。




「【以心雷心カルディアム・コネクト】!!」



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