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不条理と片足ニーソと花精霊記  作者: 山吹祥
第六話『冒険』

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四十輪目「嫌な予感」

 羽より軽い純白の防具【花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン】。

 上品な光沢でいて、さらっと滑らかな肌触り。

 触り心地は「驚愕」の一言で尽きる。


 袖のひらひらが戦闘にどう影響するか不安だったが、振るナイフや袖が視界を塞ぐことはなかった。


 きっと僕の意志が伝わっているのだろう。


 抜群の着心地を誇る【花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン】が、モンスターの攻撃をどれだけ防いでくれるかどうか。


 鋭い牙や爪からの裂傷、衝撃を緩和し弾く優れた防具だとニーソさ様が胸を張っていた。

 ニーソ様が言うのだから、その通りなのだろう。

 間違いない。


 でも――――やっぱり怖いっ!!


「……無理だ!」


 コボルトとの一対一の状況。コボルトが振り回す腕を二度、三度と既での所で回避して空振りさせる。

 形見の羽衣をビリビリに引き裂いたコボルトの爪撃が、あの時の引き裂かれる音が脳裏によぎってしまう。


(クッ……!)


 攻撃の手を緩めず執拗に迫るコボルトから避け続ける内に、壁際へ追い込まれてしまった。


『ギシャッ!!』

 追い詰めた! と、ばかりに腕を大きく振り被ったコボルトの懐に、飛び込み心臓を一突きにする。


 短い断末魔を終了の合図に五階層最奥で繰り広げられていた舞踏会が終了となった。

 新たなモンスターが産まれる気配はない。

 ナイフを収納し魔種や欠片たちを収拾する。


「……どうしようか」


 目の前には六階層へ続く階段が。進むか帰るか。

 稼ぎとしては物足りない。

 寄り道せず真っすぐに来たから体力や時間に余裕もある。

 六階層の攻略を進めたい気持ちは強い、けれど……


(嫌な感じがするんだよなぁ)


 長生きしたければ勘を大事にしろ、ジョンさんが教えてくれたことだ。

 僕は自分自身が臆病な性格だと理解している。

 だから、普通なら帰還一択なんだけれど。


「……行かないといけない」


 理由も分からない謎の警笛が頭の中で響いている。


「……ちょっと覗くだけ」


 ああ、でも、やっぱり嫌な感じだ。

 階段へ踏み入ると同時に冷たい空気が首筋や背中を撫でた。

 一刻も早く逃げ出したい――が、根拠のない使命感が体を動かす。


 最大限に警戒し六階層を進む間に、ライラックロウを見掛けた場所まで到着した。

 相変わらず嫌な気配は収まらない。

 収まるどころか、むしろ――


(――おかしすぎる)


 ただの一体のモンスターと遭遇していない。


 異常だ。


 薄ら寒さを感じさせる静けさが、嫌な気配を助長させる。

 土を踏みしめる音だけが、進む通路に響いていく。


 肌に纏わりつく重たい空気。

 寒気がするのに脂汗が止まらない。


 ブラックゴブリンが冒険者を狩場にする二股路・・・

 ここは高確率で囮のゴブリンが現れる場所なのに、やはり静かだ。

 これ以上進みたくない。

 だというのに僕は右の路へ。


 すると、そこら中に魔種やその欠片が散乱していた。

 さらには黒い牙まで落ちていた。

 ギルドの図鑑で見た事があるが、これはブラックゴブリンのドロップアイテムだ。


 高レベル冒険者が置いていった?


 いいやあり得ない。

 いくら上層といえどドロップアイテムは貴重な収入源だ、冒険者なら必ず拾う。

 それなのに放置されているのは、拾えない事情があったから。


(もしかして異常……?)


 でも、花紋未発現者がダンジョンへ潜る情報は出ていなかったはずだ。

 どうする?

 この先は僕にとって未攻略領域。

 さすがに危険だ、僕の手には負えない。

 一度戻ってメアリお姉さんに相談しよう――


「!?」


 地を蹴る音。しかも、もの凄く速い!?

 どこだ――後ろ!!

 ナイフを引き抜き振り返ったが、


(なっ、クソッ!)


 遅かった、飛び付かれた衝撃で僕は倒れ込んでしまった。


「オア!!」


「やられ……ん?」


 オア? 僕の名前?


「オア、オアオアオアオア!! オアッッ!!!! よかった、間に合って――」


「はへ……え!? サラ、さん?」


 撫で心地のよさそうな髪。大きく揺れる尻尾。

 お願い事する時、首に頬ずりする仕草。

 これはサラさんが甘えている時や、不安な時に見せる仕草だ。


 つまり僕を押し倒し熱く抱擁する人はサラさんで間違いないんだけど、どうして?


「オアのバカッ! 全然追い付かないから、もう……オアが死んじゃったんだと思ったんだから~~!!」


 あ、懐かしい。耳元で叫ぶ不満の訴え。

 耳がキーンとする。


「どうしてサラさんが? それに……シアンさん」


「久しぶり、だな。オア。この短時間に一人でここまで来られるとは、少しの間で強くなったんだな」


 サラさんを除け一緒に立ち上がると。

 犬人族のシアンさんが、どこか気まずそうに頬を掻いた。


「オア、頭撫でて。ちゃんと生きているんだって、頭撫でてよ」


「サラさん、えっと、腕を取られたら撫でられない……」


「もう片方あるでしょ!!」


 お尻をペシッと尻尾で叩かれる。

 その尻尾は流れる動きで僕の太ももへ巻き付いた。


「これは一体……何があったんですか?」


 サラさんの耳に気を付け頭を撫でつつ、二人に遅れてやって来て呆れ笑うジョンさんへ問う。


「それよりオア、いや……【ニーソ・フラトリア】団長オア・レヒム。これまでの非礼を謝罪させてくれ――すまなかった」


 ジョンさんが深く頭を下げると、シアンさんも同様の行動を取った。


「すまなかった、オア」


「いえ、そんな、頭を上げて下さい二人とも!」


 さらにサラさんまでも、腰が折れるんじゃないかってくらい深く、深く頭を下げた。


「ごめんなさい」


「サラさんも頭を上げてください! 僕は気にしていない……って言ったら嘘になりますけど、こうして三人がまた僕と話してくれた。僕はそれだけで充分です!!」


「……俺たちを許してくれるか、オア?」


「もちろんです! ジョンさん!!」


 確かに悲しかった。でも【オダマキ・フラトリア】はたくさんの物をくれた。

 だから、言った通りにまた普通に話せるようになれただけで僕は凄く嬉しい。


「……最後にもう一度だ。すまなかった、オア」


「はい、シアンさん!」


「オア……ごめんね、私――」


「サラさんも、僕は大丈夫です」


 安心してほしくて、優しく頭を撫で直すとサラさんは恨めしそうな視線を向けてきた。


「……オア、なんか格好良くなった?」


「え、そうですか?」


「やっぱ気のせいかも」


 そうですか……。


「うし! 再会話に花咲かせたいところだが、俺とシアンはエルフのお姫様を探しに先へ進まないとならない。サラ、頼めるか?」


 エルフのお姫様ってなに?


「オアは私と一緒に地上に帰還だからね~? ニーソ様がすっごく心配しているんだ――」


「「「「――!??」」」」


 通路の先から男性の怒声と女性の悲鳴が聞こえてきた。


「シアン付いてこいッ――!? おい待て、オア!! お前は行くな! サラと一緒に地上へ戻れ!!」


 鮮明に視えた。

 助けてと叫んでいた。

 女の子が危機に瀕している。刻々と迫る逼迫した状況だった。


 だから、考える間もなく僕は誰よりも先に飛び出していた。


「ダメです、ジョンさん! 僕が行かないと、助けないとダメなんです!!」


「お前もニーソ様と一緒で勘ってか!? ……ああ、くそ! 今日こんなんばっかだ!! シアンは後方の警戒を頼む、サラは俺に続け!!」


「「りょうかい!!」」


 地を蹴り前へ、前へ全力疾走。

 徐々に通路幅が広がっていき、抜けた先は円型の空間。


 そこには三体のブラックゴブリンと二十を超えるゴブリン。

 加えておよそ十体のコボルトらが【カルミア・フラトリア】を追い詰めていた。


(女の子は……いた!)


 キールさんの後ろで短刀を構えている。

 それなら先ず、司令官気取りのブラックゴブリンだ。


「――シッ!」


 気配に気付き振り向いたブラックゴブリンの首をすれ違いざまに斬り、勢いのまま傍に控えていた盾持ちゴブリンの脳天にスコップを突き刺す。


「次――」


 別のブラックゴブリンへ目標を定めようとしたが、ジョンさんとサラさんがすでに倒していた。


 僕らの一斉奇襲が成功したことで、指示役のブラックゴブリンが全滅。

 使われていたゴブリンとコボルトらに動揺が広がる。


 だが、振り上げられた勢いは止まらない。

 女の子は今にも、コボルトの凶爪の餌食となる寸前だ。


 キールさん、他の【カルミア・フラトリア】は自分の相手で手一杯。


「サラッ!!」


 ジョンさんが気付いた。


「分かってるよ!!」


 でもダメだ。サラさんの速さでも間に合わない。


 ナイフを投げるか?

 駄目だ。外す可能性の方が高い。下手したら女の子に当たる。


(どうする?)


 どうしたら女の子を、彼女を助けられる!?


 両目の激痛と引き換えに、視界がゆったり流れるなか。

 ふと、花精霊羽織ニーソ・ヒマティオンが視界に映りこんだ。


 ――ニーソ様と出会った時、ニーハイソックスはひとりでに動いた?

 ――花精霊羽織ニーソ・ヒマティオンは僕の意志で自在に動く?


「――あの子を守れ!!」


 僕は左手を伸ばし、強く叫ぶ。


「飛べ! 花精霊羽織ニーソ・ヒマティオン!!!!」


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