三十六輪目「片足ニーソ」
ニーソ様が『花の蜜会』へ出掛けて三日目の朝。
御神花やニーソ様のお花のお世話をするのに、眠たい眼をこすりながら植木鉢へ近付く。
あれ、ほんの僅かだけど、
「芽が出てる」
よかった、普通なら三日で発芽するとニーソ様が言っていた。
それなのにそんな気配がまるでないから不安だった。
花精霊コンミフォラ様からいただいた固形肥料のおかげかな?
お会いする機会があったらお礼を伝えたい。
あ、それよりも。
【コンミフォラ・フラトリア】のお店で買物して貢献するのもアリかもしれない。
僕に手の届く品があるかは怪しいけれど――と。
頬を掻きつつ二つの植木鉢のお世話を進める。
と言っても、植木鉢が二つだけだ。
大して時間も掛からず、次に僕自身の調子の確認をすることに。
「ん――!」
腕を突き上げて背中を伸ばす。
それから膝を屈伸させ、その流れで軽いストレッチを行う。
特に違和感はない。問題ないかな。
昨晩、やけにクシャミが出たから心配だったけど、入念にストレッチしたからか疲労も取れているようだ。
今日もダンジョンに行けそうだ。
着替えを済ませ、胸当てや革嚢、ナイフにスコップを装着。
数分としない内に支度を済ませる。
ブラックゴブリンとの戦闘も慣れてきたし、今日の内に六階層の半分は攻略できたらいいな。
それで、運よくドロップアイテムが手に入ったら、ニーソ様にお土産を……
「……ニーソ様、今日は帰って来るかな」
僕も十五歳となり大人の仲間入りを果たしている。
一人で生活だってできる。
だけど、賑やかなニーソ様との暮らしに慣れたことで、一人で過ごす夜を寂しく感じてしまった。
「いってらっしゃい!」「おかえり!」と笑顔をくれるニーソ様の掛け声に、僕は元気をもらっていたんだな。
ニーソ様が帰ってきたら、しっかり感謝を伝えよう。
「いってきます――」
とドアへ手を掛けた時「トントントン」とノックがなった。
こんな朝早くから誰だろうか?
扉窓を隠す簡易的な布カーテンを開くと、騎士にも見える出で立ちをした片翼人族の男性と目が合った。
「おはようございます。花精霊ラベンダー様の遣いで来た【ラベンダー・フラトリア】所属ルグレイ・クーキと申します。【ニーソ・フラトリア】所属のオア・レヒムはご在宅でしょうか」
片翼人族の男性、クーキさんはラベンダーの花模様が施された、警備隊を象徴する腕章を提示した。
【ラベンダー・フラトリア】の方で間違いないようだけど、リーエンの治安維持する方が何の用事だろうか。
僕、何か悪いことしたかな……不安一杯の気持ちを隠しつつ何食わぬ顔で扉を開ける。
「おはようございます。オア・レヒムは僕ですけど……?」
「初めまして、レヒム。何も捕まえに来たわけではない、そのように不安気な顔をせずとも大丈夫だ」
ばれていた、お見通しだった。
でも、動揺する気持ちをおくびにも出さず、差し出された手を取り「初めまして」と握手を交わす。
きっと、僕を見て優麗な雰囲気で頬を綻ばせるクーキさんには、これもお見通しなのだろう。
僕もいつか、余裕を感じさせる大人になりたい。
「訪ねた用件だが、花精霊ニーソ様がギルドにてお待ちだ。疲労が溜まっているのか熟睡しているようで……私がお連れしようとしたが、レヒムを希望していてな」
「すみません! すぐに迎えに行かせてもらいます」
リーエンの治安維持に貢献、いつも多忙な【ラベンダー・フラトリア】に遣い走りのような真似をさせてごめんなさい。
僕は全力で頭を下げた。
「これも仕事の内、気にせずとも結構だ。それよりも――。時にレヒム、物陰からこちらを窺っている細身の男とは知り合いか?」
へ? と、クーキさんが向ける視線の先に顔を動かす。
確かにいた。
隠す気もないのか、木に寄り掛かり堂々とこちらを観察している小柄な男が。
昨日ギルドを出た所で一悶着あった【カルミア・フラトリア】の男性だ。
団員の男の子とぶつかり転倒させてしまった出来事も含めて、知り合いという程ではないけど、知った顔である旨をクーキさんへ説明する。
「見張り? 因縁からの強請り、はたまた闇討ち……」
こわい、恐い、怖い!
真面目な顔で物騒なことを呟かないで下さい!
「この忙しい時に面倒事はごめんだが……いずれにせよ、何も起きていない状況では動こうにも難しい。一先ずは、ギルドまでレヒムに同行しよう」
「そんな! お忙しいのに悪いです!」
エルフのお姫様(ハイエルフ様)が来ていると聞いている。
メアリお姉さん同様にクーキさんも、その護衛や警護とかで大忙しに違いない。
「ほう、自らが囮になって事を誘い仕事を増やすと?」
「是非、同行をお願いします!」
満足そうに頷いたクーキさんに護衛(?)されながら移動開始となった。
留守の間、部屋を荒らされたり……と心配したけど【カルミア・フラトリア】の男性は後に付いてきた。
つまり、目的は僕であると分かったけど、その理由までは見当も付かない。
「どうせだ、少し世間話でもしながら向かおう」
「はい!」
クーキさんは、もの凄く大人びて見えたのに年齢が十四歳で僕より年下だった。
ひと月前に花紋を刻まれたばかりで、今はレベル1の冒険者。
団長のケス・パプル様に憧れて口調を真似ているらしい。
僕の顰め面に気付いていたクーキさんが、雑談を交えながら緊張を解してくれる。
どっちが年上か分からないな、と嘆く内にギルド正面入り口まで到着した。
「ありがとうございました!」
「ああ」
柔和に微笑んだクーキさんは、一礼すると去って行く。
向かう先は、後に付いてきた男性の方で、何やら声を掛けた。
務めなのだろうけど、何だか他人任せで申し訳がないな。
僕も行った方がいいだろうか。頭を悩ませていると、
「オアく~~ん~~!!」
安心感を覚える懐かしい声が聞こえてきた。
「ニーソ様! おかえりなさい、お迎えに上がりました!」
綺麗な羽衣を纏ったニーソ様が文字通りに飛んで来る。
ん? でも、どうしてニーソ様は、
【花精霊具】のニーハイソックスを片方しか穿いていないんだ?




