三十五輪目「話の種はオアです」
オアが帰宅した頃。
『天空の聖域』では、ニーソがオアの新しい防具を不眠不休で完成させたところだった。
「で……できた、完成だ……もう、無理、おやすみ……オアきゅん――――」
「抱っこですの」
ニーソは前のめりに倒れ込み、それを花精霊女王クロリスが両手を広げ豊満な胸で抱きとめた。
「あぁ……ギルドにあった絨毯より気持ちがいい――」
クロリスが身に纏う純白のドレスにニーソは頬磨りする。
「あらあら、ですの」
背丈よりも長い白金色の髪に乗る花冠。
色取り取りの花が宝石のように散りばめられた花冠が、クロリスの機嫌を表すかのように揺れ輝く。
「くそぉ……なんだよ、これぇ……羨まけしからんのに、気持ちがいい……」
ニーソは恨み辛みを吐きながら、最幸の寝心地をもたらす胸部に屈する。
「お疲れ様ですの」
クロリスは慈愛に満ちた表情で、寝息を立てるニーソの頭を撫でた。
「二日睡眠を取らないだけで情けない。引き籠りの名に相応しい、脆弱な体力ですね」
「この子にしては頑張った方ですの。でもねアイリス? 花精霊も含め『下界の楽園』の人々は、日に一度の睡眠が普通ですの。起きているだけ調子が上がるのは、アイリスだけですの」
クロリスは口元を隠し、上機嫌に喉を転がした。
これにアイリスは反論せず、サルビアへ向き謝辞を述べる。
「貴花もお忙しいでしょうに。付き合わせて悪かったですね、花精霊サルビア」
「……よい。初めは思う事もあったが、結果的にいいものを見させてもらった。満足だ」
身長五十Cほど。
緋色の衣を羽織る美丈夫、花精霊サルビアがソファから立ち上がる。
固定された視線の先には、ニーソが抱く新たな防具が。
「私からもお礼ですの。この子に力を貸してくれて、ありがとうサルビア」
「……礼など。ワシがおらずともクロリス様だけで事足りたかと。それよりも、ワシは戻ってもよいだろうか。一刻も早く鎚を握りたくて仕方がない」
「花精霊殿まで送りますの。アイリスはどうしますの?」
クロリスは瞬時にギルド三階花精霊殿へ移動ができる。
多忙なアイリスはこの二日で何度もその恩恵に与っている。
「お手数おかけします」
「はいですの。この子は明日の朝にでも送りますの」
ゴニョゴニョ寝言を呟くニーソの頬をつつきながらクロリスは微笑む。
「承知しました。花精霊ラベンダーに伝えておきます」
「二人ともありがとうですの。いってらっしゃい――」
クロリスが両手を合わせると、アイリスとサルビアが『天空の聖域』から姿を消した。
「さて――ですの。起きて下さい、オオニソガラム」
「わたしをその名で呼ばないでくれ、メリボイヤ」
【メリボイヤ】
アイリスそしてニーソや一部の古い花精霊しか知らないクロリスのもう一つの名前。
クロリスが花や植物を愛し慈しむだけの、ただの精霊だった頃の名前。
意趣返しに呼ばれたクロリスだが、けして柔和な微笑みを崩さない。
対するニーソは険しい顔付きだ。
「オアきゅんに本当の名は教えないんですの?」
「……教えたくないね」
「教えた方がいいんですの」
「違う、違うんだクロリス。わたしはカッコいいより可愛いと言われたい」
クロリスは二、三度まばたきして首を傾げた。
「オア君を甘くみてはいけない。あの子は重度の厨二病なんだ」
「? かっこよさもかわいさも違いが分からないの。二人は似た感性なんですの」
「ふぅ、キミと言い争いはしたくない。キミは頑固だから」
「お互い様ですの」
キッと怒気を孕んだ視線を投げるニーソ。
片やクロリスは大きな丸目で平然と受け止めた。
宙でぶつかる二つの視線は、上向きにカールした花びらが燃え盛る炎のように見えるグロリオサ花を幻視させる。
「……喉が渇いたね」
先に眼を背けたのはニーソだった。
「果実茶を淹れますの」
「それはいい、キミの果実茶は世界一だから楽しみだよ!」
「ですのっ」
クロリスは手慣れた動作で準備を進める。
一連の動作に眼を奪われていたニーソだったが、「そう言えば」と懐から一枚の用紙を取り出した。
「聞きたいことがあるんだ」
「はいですの。砂が落ちるまでですの」
ニーソに与えられた時間は三分。
「ああ、それでいい。とにかく、これを見たクロリスの意見を聞かせてほしい」
《希望花星》
・憧憬を抱かれた数ほど、戦闘時全ステイタスの高補正
・鱗茎挿し(6/6)
振り子のように一定の感覚で、気分を刻んでいたクロリスが止まる。
「良くも悪くも……とんでもスキルですの」
「ああ、それでどう解釈する?」
「上限は六人。オアきゅんと同系列の花紋を刻むんですの」
やはりか、ニーソは内心で舌打ちした。
「方法は?」
「第一に、条件該当者との強い接触ですの」
「条件該当者?」
「おそらくですの、花紋を刻まれていない者ですの」
「つまりこの世界の約半数が該当者ってことかい?」
クロリスは静かに首を振った。
「十歳未満も含めたらもっといるんですの」
本格的にまずい、明らかとなるスキル効果にニーソは戦慄した。
「ちなみに第二は?」
「オアきゅんの身体の一部の移植……んー、違う? ですの。たぶんですの。血液とか唾液、あとあと精液などの体液摂取でも十分可能性が考えられるんですの」
クロリスでさえ初見、前代未聞のスキル効果にニーソは頭を抱えた。
最大効果は、花紋未発現者に百パーセントの確率で花紋を刻めることだ。
しかも、上手く活用すれば相手を選べる。
同系列なら当然同じ【フラトリア】ということになる。
(こんなの――)
「私にも無理ですの。さすがニソニソの子ですの」
「は……ははは……だろう?」
「あくまで可能性の一つですの。もしも、刻まれた者がオアきゅんに憧憬を抱いている場合、相乗的にスキル効果も跳ね上がると思うんですの」
「…………」
ニーソはとうとう言葉を失った。
「時間ですの」
ニーソの前には澄んだ果実茶と、麗しく微笑むクロリスが。
「洋ナシと……オレンジだね。とても美味しそうだ。早速いただこう――と、その前に。クロリスこの話はくれぐれも」
「内緒ですの」
クロリスにとって千年ぶりの時間。
待ち切れないと言わんばかりに体が揺れ動いている。
「もう少し聞きたいことがあったけど――仕方ない。お茶にしよう」
「ですのっ!」
二人の花精霊は、千年の隔たりを忘れたように夜通し花を咲かせることとなった。




